津村喜久子『浮遊霊ブラジル』を読んだ。
何よりも強く感じたのは「僕はやはり津村喜久子の本が好きなんだ」という意識。
もう、その意識からは逃げられないかもしれない。
とんでもなく鮮やかなオチがある訳ではないし、スッキリと終わっていくわけでもないのだが、その経過というか、読んでいる時間そのものが楽しめるこの感覚は、津村作品だから味わえる感覚だと思う。
今回はそんな素敵な短編集『浮遊霊ブラジル』のネタバレ感想を書いてみたいと思う。
浮遊霊ブラジル
あらすじ
初の海外旅行を前に死んでしまった私。幽霊となって念願の地を目指すが、なぜかブラジルに到着し……。川端賞受賞作「給水塔と亀」を含む、会心の短篇集!
【収録作】
「給水塔と亀」…定年を迎え製麺所と海のある故郷に帰った男。静謐で新しい人生が始まる。〈2013年川端康成文学賞受賞作〉
「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」…静けさのないうどん屋での、とある光景。
「アイトール・ベラスコの新しい妻」…ウルグアイ人サッカー選手の再婚の思わぬ波紋。
「地獄」…「物語消費しすぎ地獄」に落ちた女性小説家を待つ、世にも恐ろしい試練とは。
「運命」…どんなに落ち込んでいても外国でも、必ず道を尋ねられてしまうのはなぜ?
「個性」…もの静かな友人が突然、ドクロ侍のパーカーやトラ柄で夏期講習に現われて…
「浮遊霊ブラジル」…海外旅行を前に急逝した私。幽霊となって念願の地をめざすが。
一発で読者を引き込むアイデアと、それらを覆す鮮やかなオチこそが短編集の魅力だと思っていたが、この作品は描き方と視点で魅せる短編だった。
もちろん、アイデアは面白い。
脱力するような地獄の描写が描かれる『地獄』だったり、幽霊となって海外旅行を目指す表題作『浮遊霊ブラジル』など、思わず笑ってしまう状況のアイデアが並んでいる。
しかし、良い意味でアイデアに頼らない物語・・・アイデア頼みになっていない物語なので、短い文章の中に津村喜久子の独特のリズムで描かれる面白味が織り込まれていて事件が起きてなくても”ずっと面白い”という感覚を味わえる。
ずっと面白い
”ずっと面白い”という感覚は作者のどういった部分から生まれているのかを考えたが、それは文章全体に対する緩急の”緩”の描き方が秀逸なのだという結論にいたった。
『君は永遠にそいつらより若い』でもそうだった。
津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』感想文:独特のリズムとセンスが光るハイレベルなデビュー作!
主題には真剣に捉えなければならないような出来事があるのに、主人公はルパン三世のテーマの替え歌を頭の中で歌ったり、バイト仲間の男の子のお尻を見て楽しんだりと思わずヘラヘラっと笑ってしまうような描写が書かれている。
その脱力するような緩急の”緩”が作品を通してずっと面白い。
この短編集も脱力するような考えが淡々と真面目に書かれているのが面白さに繋がっている。
地獄でひどい目に遭っていても、そのひどい目よりも鬼が不倫問題に悩まされていることの方にフォーカスしたり、死んでしまったことよりも幽霊としてスーパー銭湯を覗くことについてずっと考えていたりどこか間が抜けている。
とにかく緩急の”緩”によって作品の重さが消えて、跳ねるようなテンポで読んでいけるのだ。
ホント、不思議なほどにずっと面白い。
物語の視点
もう一つ。物語の視点の巧みさも感じられる。
特に『アイトール・ベラスコの新しい妻』の視点は秀逸だった。
学生時代のヒエラルキーが社会に出た後に逆転する様子が描かれる作品で、スクールカースト最下層の女の子が大人になり世界で成功して一流のサッカー選手と結婚する。そしてそのことを、スクールカースト中間層の女性が知り、現在の成功と当時の事を思い出すというストーリー。
出来事を直接的に描くのではなくスクールカースト中間層の視点で、かつ思い出として描いている視点がとても面白い。
いじめられていた女の子は当時から夢見がちな少女として描かれていたが、ただのポワッとした女の子ではなく、
「外国に行ってお金持ちと結婚してお姫様みたいな生活をすることで見返したい」
と、いじめっ子に対して明確な対抗意識を持っていたところも地味に好き。
中間層の視点は当時も傍観者だったし、現在も傍観者のまま。逆にいじめっ子は、当時のヒエラルキーから脱却できずに卑屈で卑しいつまらない人間になっている。
スクールカーストなんて社会に出たら関係ないぞという作者からの応援にも思える優しい作品だった。
それぞれの感想
それでは簡単にそれぞれの感想を。
「給水塔と亀」
特に何が起きるというわけではないのだけれど、緻密でリアリティーのある生活描写がとても好き。
そこまで大きく心情が変わるようには描かれていないが、心象風景である給水塔の景色が見える中、以前住んでいて亡くなった人の亀を引き受けることで、熟年男性の心情がわずかに変わっていく様子を美しく描き出している。
あくせく読まずに一文一文を大切に読みたくなる作品。ちなみに、2013年の川端康成文学賞受賞作品。
「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」
女性の客が来ると必ず初めてかどうかを訊いてきて、初めてなら丁寧に生醤油うどんの食べ方を教えてくれるうどん屋の話。
うどん屋のおっさんに絡まれることが過度な優遇かは置いておいて、女性だからという理由で過度に優遇されるストレスというのはあると思う。
そのストレスを味わう人間のことをジェンダーと呼ぶべきなのかはわからないが、人間だから感情が身体からあふれ出してしまうことはあるよね。
ジェンダーでもコルネさんでもいいが、願わくば彼女がお土産のうどんで少し救われて欲しいと思う。
「アイトール・ベラスコの新しい妻」
スクールカーストの当時の生活と、そこから外の世界に羽ばたいていった後の対比が面白い作品。
主人公の何気ない言葉が、彼女に小さく影響しているところが一番好き。
カーストの上位にいた女の子が、負の感情ばかり抱えて生きている様子がかなり痛々しいが、それを読んでスッキリするというよりも、アイトール・ベラスコの新しい妻が幸せそうで良かったな、という感じ。
あと、タイトルもセンスがあって格好いいと思う。津村さんのタイトルはいつも格好いいけど。
「地獄」
一番業の深かった頃の姿のままに地獄で罰を受ける姿を描く作品。
かなりえげつなく死に方を何度も体験する地獄にいるにもかかわらず、その罰せられかたの語り口調や、地獄のルールについ脱力して笑ってしまうのは流石というべきか。
鬼の不倫問題が語られているのが、渡る世間に鬼がいるようで気が付くとニヤニヤしながらページをめくってしまった。
他の作品よりも緩急の”緩”を強く感じられる津村喜久子らしい作品といえる。
『運命』
自分の人生の様々なタイミングで、赤の他人から道を尋ねられる運命にある人物の物語。
受験日だったり、まったく知らない異国の地だったり、生後二か月の病院だったりと、場面が変わりつつそんなバカなと笑ってしまうような展開が続いていく様子は落語のような面白さを感じる。
挙句の果てには精子の段階から運命が定められていて、この短編集の中では一番攻めている内容だった。
『個性』
地味で目立たない坂東さんが、秋吉君に認識されたいがために奇抜な服装をしてくる話。
絶妙に面白い人間関係で、大阪のおばちゃんが着そうなトラが書かれている服を着てくる地味な女の子の描写にニヤニヤ。
落ち着きながらも必死な坂東さんが面白いんだよね、なんでこんなにユーモラスなのか。
でも面白いだけではなく、周囲が認識している坂東さんという存在という決めつけについても考えさせられた。
なんとなく個性とはなんぞや?と問われているような青春短編。
『浮遊霊ブラジル』
初の海外旅行の直前に亡くなってしまったおじいさんが成仏するために奮闘する表題作。
いろんな人に憑りついて、なんとか西アイルランド、アラン諸島へ行こうとしつつも、ちょこちょこスーパー銭湯の女湯を覗きにいこうとするのが面白い。
「ただ生きてきた時間の中に溶けていくのは、なんて心地よいことなんだろう」
という言葉は晩年に感じてみたい感覚だ。
最後に
劇的な出来事は何も起きていないのに、なんだか面白い。何となく楽しい気持ちになってきて、登場人物たちに興味がわいてきて、ずっと読んでいたくなる。
これは結構凄いことだ。
だって何も起きていないのに面白いというのはもはや催眠術の域だ。
ところが作品によっては、唐突に終わりを告げて催眠術が解かれることがある。
「えっ?ここで終わり?」
と思わずページをめくって確かめてしまうくらい、急激に物語は収束してしまったりする。いくつかはそんな理不尽を感じる小編もあった。
しかし、不思議なことに読み終わって振り返ってみると、全体を通して日常的で共感しやすいポイントを突いていて、その切り取り方とのバランスセンスが最高だから、この長さがベストだったんだな、と思いなおすことになる。
不思議だ。本当に不思議な面白さがある。
だから、なんというか、結局、何が言いたいかというと、
「僕はやはり津村喜久子の本が好きなんだ」
という冒頭の結論に帰ってしまうわけなのだ。
これは個人の好みの問題なのだろうか?不思議だ。