津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』感想文:独特のリズムとセンスが光るハイレベルなデビュー作!

  • 2022年4月2日

印象的なタイトルの作品はいくつもあるが、津村記久子さんの『君は永遠にそいつらより若い』という作品のタイトルが、僕は特に魅了的に思える。

作中のある一文を切り取ったタイトルなのだが、読み終わって考えてみるとバシッとハマる格好いいタイトルで、さらにこれしかないと思えるタイトルになっている。奇をてらったタイトルというわけではないのに、クールにキまっていて、かつ作品に品格を与えている印象を受ける。

この作品、内容も素晴らしいので今日はこの『君は永遠にそいつらより若い』の書評、感想を書かせてもらいたいと思う。

君は永遠にそいつらより若い

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あらすじ

大学卒業を間近に控え、就職も決まり、単位もばっちり。ある意味、手持ちぶさたな日々を送る主人公ホリガイは、身長175センチ、22歳、処女。バイトと学校と下宿を行き来し、友人とぐだぐだした日常をすごしている。そして、ふとした拍子に、そんな日常の裏に潜む「暴力」と「哀しみ」が顔を見せる…。第21回太宰治賞受賞作にして、芥川賞作家の鮮烈なデビュー作。

amazonのあらすじでは<日常の裏に潜む「暴力」と「哀しみ」が顔を見せる>と描かれているが、前半部分に関しては主人公・ホリガイの醒めた視点と内側から湧き出てくる独特の面白みが溢れる文章なので、基本ベースとしてあらすじで描かれているような重い展開という訳でもない。

しかし、後半に進むにつれてこの物語の主題である「強者からの理不尽な暴力に対する弱者の視点」が描かれていき、一部の登場人物たちは悲しみや無力感を抱えながらクライマックスへ向かうことになる。

全体的な感想は

うまく感想を言葉で伝えられずに辛くなってしまうので、強引に言葉にしてそのまま伝えようとすると、この小説は面白くて悲しくて冷静で孤独で暴力的で愛情に溢れている作品。なんていう無茶苦茶な感想になってしまう。

それほど様々な要素が絶妙なバランスで入り込んでいる作品といえる。デビュー作だから色々盛り込んだのかもしれない。

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緊迫からユルユルへ

まず物語は主人公の大学の友人であるイノギさんに関するシリアスな描写から始まる。このイノギさんが10年前に失くした自転車の鍵をホリガイが必死に探すシーンで一気にこの世界に引き寄せられ、緊迫感溢れる物語に入り込む。いったい彼女に何があったのか?何故ツメに土が入り込むまで探すのか?そんな緊迫した状態から小説が始まるので、物語を最後まで締まった心で読める効果を感じた。

そんな緊迫から一転して時間が戻り、ホリガイ本人と大学生活の話に飛び、ホリガイという女子大学生とその周囲の人間のだらだらした日常が始まる。その普通の生活の中で見せる文章のリズムが独特で『ミュージック・ブレス・ユー』でも感じたことだが、間の感覚を切り詰めたような特別なリズムで話が進んでいく。このリズムは津村記久子でなければ生み出せない独自のリズムなのではないかと思っている

センスが光る応援の言葉

また、ホリガイの心の中で思っていることの面白味も作者のセンスを感じる。初読では作品の主題が微妙にわかりにくかったのだが、強者に対する弱者の精神のあり方を描いていて、その理不尽に対抗するのではなく、弱者のまま弱者と接していく。「社会の理不尽はなくならないけど、私はあなたを気にかけてるよ。だから、負けんなよ!折れんなよ!」と背中を叩いてあげているような作品だと僕は思っている

後半は若干重めだが、全体を通して読むと主人公ホリガイの何とも言い難い面白味にあてられてヘラヘラ読んでいってしまう。他の津村作品も読んでみたいなと感じさせてくれる本当に不思議な作品だ。

ホリガイという女

この小説の主人公であるホリガイの魅力を何と言いあらわせばいいのだろうか。

ホリガイは女性として全く魅力的ではない、笑。大学の友人であるオカノに地獄と呼ばれるほど汚れた下宿に住まい、床に転がった自分のブラジャーの金具を踏んで出血したり、バイト先の八木君の尻をガン見しつつ、その立派な尻をたたえる歌を心で歌ったりする。はっきり言ってどうしようもない、笑。

「おーとこだがー、ちちらしきー、ものがーあるー、たとえるならー、駄菓子屋にー、売っていーるあましょくぱーん」

さらに、こんな替え歌を歌っている、笑。ちなみにこの歌詞を実際にルパン三世のテーマに乗せて心の中で歌うと、最後に「あましょくぱーん♪」とコーラスを入れてしまう自分に気が付くので試してほしい、笑。

不思議な魅力

そんなどうしようもない生活を送っているのに、自殺してしまったホミネくんが気にかけていた虐待されていた少年を危険を冒して助けたり、どうしようもないクソバカ野郎の河北の彼女であるバカ女のアスミちゃんを心配してマンションまで行ったり、イノギさんがなくした鍵を泥の中から掘りだしたりと、ホリガイは人の事をいつのまにか助けるような行動を起こす

不器用で貧乏くじを引きまくってるけど、肩の力が抜けてて人を助ける行動力を持つ女。それが不思議な魅力を持つホリガイという女で、僕は気が付くとホリガイがとても好きになってしまっていた。読み終わった人の多くが同じ感想を抱くのではないだろうか。

ホリガイの言葉

ちなみに以下は、ホリガイの言葉でお気に入りのもの。

「わたしは二十二歳のいまだ処女だ。しかし処女という言葉にはもはや罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい。やる気と根気と心意気と色気に欠ける童貞の女ということに」

自己紹介的に書かれていた言葉。

童貞の女って表現を女性がするところが何とも言えず面白い。なんか仲良くなれそうな気がする、笑。

「人生は妥協が大切なのだ、と急速に軟化し、まず容姿が軟化し、男の趣味も軟化し、人間性も軟化していった。が、さらに今になって考えてみると、転換以前と以後の生活に何ら大きな変化が見られないことが判明し、所詮わたしはわたしなのだとがっくりきて、そしてすぐにどうでもよくなった」

自分の人生の妥協について書かれていた言葉。

この一文の気持ちも非常によくわかる。自分が何者にもなれずに自分であるままの感覚。言葉にするのは難しい気持ちなのに凄く的を射ている。あと、考えていくと最後にどうでもよくなる感じもよくある。

「けどその中でも、特にあなたがいちばん気になるんだと、これからもずっと気にするし、あなたがわたしのことをすっかり諦めて忘れてしまっても、わたしはあなたのことを気にしているんだろうということを、どうやってイノギさんに伝えようかと思った。」

田舎に戻ったイノギさんに対して自分の気持ちをぶつけようとしている場面。

「わたしはあなたのことを気にしている。」この言葉ほど言われて勇気づけられる言葉があるだろうか。ホリガイはそれをさらに行動で示そうとしている。好きだなぁ、ホリガイ。

題名の変更

この作品は2005年に『マンイーター』という題名で第21回太宰治賞を受賞しており、デビューに当たり『君は永遠にそいつらより若い』と改題したという経緯がある。僕はこの改題が本当に素晴らしい改題だと思っている。

何故なら『マンイーター』つまり「人食い」のままだと、弱者の視点から強者を見ている題名、つまりは強者にスポットライトが当たっている題名に感じられるからだ。

しかし、この作品はあくまでも弱者の視点から弱者を見ている作品だと思っているので、スポットライトが当たるべきは弱者であるべきだ。だからこそ、弱者が弱者を応援する『君は永遠にそいつらより若い』という題名が、何よりも作品の意図を汲み取っている題名に僕は思えるのだ。

最後に

この作品名は物語の終盤のこの一文からとられている。

「君を侵害する連中は年をとって弱っていくが、君は永遠にそいつらより若い」

弱者の立場はすぐに変わることはないけれど、時間や環境がその立場を変えることもあるから諦めるなと応援している言葉。状況は弱者のままではあるが、精神的には強者に牙を剥き、俯くだけの弱者のままではないホリガイの成長が見える一文だ。

この作品はタイトルも中身も格好いい。こんな作品を描ける作家は貴重だ。これからも定期的に読んでいきたい作家の一人なので是非オススメしたい。

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