牧薩次『完全恋愛』紹介と感想文:他者にその存在さえ知られない恋は完全恋愛と呼ばれるべきか?

  • 2022年11月27日

皆さんは『完全恋愛』という言葉をご存じだろうか?

この言葉は牧薩次さんが書いた小説の題名で語られる言葉なので、知らない方の方が多いのではないかと思う。『完全恋愛』という言葉は作品の冒頭で読者である僕たちへの問いかけの中に書かれている。

他者にその存在さえ知られない罪を

完全犯罪と呼ぶ

では

他者にその存在さえ知られない恋は

完全恋愛と呼ばれるべきか?

そんな冒頭の文章から始まる物語。なんだかワクワクしませんか?僕はこの冒頭の文章で一気に物語の世界に引き込まれてしまった。

これは上質なミステリーであるのと同時に、激動の時代を生きたある人物の恋の物語である。

完全恋愛

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作者の牧薩次とは?

あまり耳なじみのない牧薩次(まき・さつじ)さん。皆さんご存知ですか?

実はアニメ・特撮脚本家の辻真先(つじ・まさき)さんのアナグラムで、ミステリー作家としての名前なんですね。

辻さんは「サザエさん」「ルパン三世」「Dr.スランプ」「デビルマン」など、誰もが目にしたことがある有名作の脚本や小説版を手掛ける天才脚本家で、さらに、推理小説まで手掛ける想像の斜め上を行く傑出した人物です。

受賞作は?

ちなみに、丁度僕たちが生を受けた頃、

1982年『アリスの国の殺人』辻真先名義で第35回日本推理作家協会賞の長編賞を受賞。

2009年『完全恋愛』牧薩次の名義で第9回本格ミステリ大賞を受賞している。

これだけ期間を空けて受賞作を作れるなんて、もう脱帽です。

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完全恋愛はどんな物語なのか?

日本洋画界の巨星、柳楽 糺(なぎらただす)本名は本庄 究(ほんじょうきわむ)の、昭和の少年時代から平成の時代に至るまでの3つの不可解な殺人事件を追った物語で、同時に本書のタイトルにあるように、主人公:本庄究人生をかけた大恋愛の物語でもある。

3つの不可解な謎

作品の骨格になる不可解な殺人事件は大きく分けて3つのパートに分けられる。

昭和20年、終戦直後、アメリカ兵が殺される事件が起こり凶器が忽然と消失する。

昭和43年、ナイフが2300キロ離れた場所で少女の胸を貫く事件が起こる。

昭和62年、ある人物が同時に二ヶ所に出現する証言があり人が殺される。

それらの事件にはすべて本庄究と周囲の人間の恋愛・犯罪が絡んでいるのだが、読者にすぐに明かされる事件と、最後の最後に解明さる事件とがある。

解明されることで物語にアクセントが加わり華やぐものと、解明されないことで物語に謎と悲しみを与え、深みのある物語にしているものがあり、そのバランスが絶妙に出来ている。

ただ、個人的感覚として激動の時代を生き抜いてきた男の物語というテイストで物語に幕を下ろしてほしかったので、作者の「牧薩次」が探偵役として登場するシーンで少しだけ現実に戻されてしまった気がするので、そこが悔しい。

恋の物語

主人公の究が恋をする相手は戦火を逃れてきた画家の娘・小仏朋音。白い肌と芯の通った強さをもつ美女だ。僕の勝手なイメージでは木村文乃さんがピッタリだ。

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透明感がありお嬢様感もあり、すこし儚げなのに芯の強さがあるところも良い。

書きながら「お前に何がわかるんだ、気持ち悪い」と自分自身ですでに思っているのでイメージが違っても許してほしい。

燃え上がる情熱と劣等感

あまりにも情熱的で刹那的な恋愛体験をしたは、燃え上がるような朋音への愛情と、その朋音の人生を受け止める力がない社会的な自分の弱さとの葛藤に悩む人生を送る。

学生時代に年上のお姉さんに恋をすると、こんな感情になる男は多いかもしれない。

Back Number の「高嶺の花子さん」の歌詞ではないが、自分が社会的に何物でもない時に味わう小さな妄想と埋められない劣等感に挟まれる感覚というのは、どうしたって男は味わい、経験するものだと思う。

そんな究の愛情は果たしてどのような形に実を結んでいくのか・・・?

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ちなみに、冒頭の、
『他者にその存在さえ知られない恋は完全恋愛と呼ばれるべきか?』

という言葉について、相手に知られない恋愛って、ただの『片思い』じゃねーかというつっこみは今のところ受け付けてないのでご了承いただきたい。

『恋文の技術』森見登美彦

ちなみに恋の物語といえば、森見登美彦さんの『恋文の技術』という小説がある。

森見さんの作品といえば『有頂天家族』『夜は短し歩けよ乙女』などが有名だが、この作品もとても素敵な作品だ。

 

主人公の若者守田一郎が京都から能登半島へ飛ばされて、寂しさをまき散らしながら友人たちや家族と文通をしつつ、意中の相手である伊吹夏子さんへの恋文をしたためる物語だ。

表現方法が手紙?

基本的には全てお互いに送りあった手紙の文章がそのまま書かれているので、文章に慣れるまでに少し時間がかかる(森見作品全般そうかもしれないが)。

しかし読み方がわかってくると、自分の想像力を駆使して補完しながら読み進められるので、頭の中が森見さんの世界で満たされてゆく不思議な快感を味わえる。ゆえに一度この世界に深くはまってしまうと、中毒性がありなかなか抜け出すことが難しいのではないだろうか。

最後、伊吹夏子さんへの手紙の最後の一文。ニヤニヤしながら心が温まる最高の物語の締めとなっている。

ただの余談だが…

ちなみに余談で自慢だが、僕は森見登美彦さん原作の『夜は短し歩けよ乙女』の舞台を見に行った事がある。

その時は田中美保さんが黒髪の乙女の役をしていて、あまりの可愛らしさに色々な部分をギラつかせていたことを良く覚えている。

ちなみにその田中美保さん、現在サッカー元日本代表の稲本選手と結婚してやがる。アスリートである稲本選手に夜は長く可愛がってもらっているに違いないので、僕の中では残念ながらすでに乙女ではなくなっている。

最後に

この『完全恋愛』という作品。

ネタバレ感想にしても良かったのだが、この物語の最大のポイントをここに書き連ねるのはあまりにも無粋だと感じる。
というよりも、おそらく『完全恋愛』を読んだ方の多くはこのポイントにうすうす気が付きながら物語を読み進めることになるはずだ。

驚くべきはその最大のポイントに気が付きながらも、それでもページをめくる手が止まらないほど魅力的で面白い作品であるという事。

普通、マジックのネタがバレたら魅力は半減するのに、この作品はマジックのネタがわかっても面白いマジック。つまり、マギー審司的作品といえる訳だ。

・・・なんだか最終結論に関しては間違えた気もするが、『完全恋愛』の作品としての面白さは間違いないので是非一読を。おすすめです。

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