クリスマスに読みたい優しくって温かいハートフル物語『キャロリング』感想文|有川浩

  • 2022年8月8日

有川浩『キャロリング』を読んだ。

そもそもキャロリングとは、以下のような意味。

キャロリングとは、クリスマス・イブにキリストの生誕を賛美歌を歌って告げ知らせること。

(引用:http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AD%A5%E3%A5%ED%A5%EA%A5%F3%A5%B0

を言う。

クリスマスに起こる小さな奇跡の物語。本当に本当に小さな幸せの物語ではあるのだが、小ささが逆に身近に感じられるのがこの作品の良い所だと思う。

ということで、今回はクリスマスに贈りたい『キャロリング』のネタバレ感想を書いていきたい。

キャロリング

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あらすじ

クリスマスに倒産が決まった子供服メーカーの社員・大和俊介。同僚で元恋人の柊子に秘かな思いを残していた。そんな二人を頼ってきたのは、会社に併設された学童に通う小学生の航平。両親の離婚を止めたいという航平の願いを叶えるため、彼らは別居中の航平の父親を訪ねることに――。逆境でもたらされる、ささやかな奇跡の連鎖を描く感動の物語。(引用|amazon)

クリスマス倒産が決まった子供服メーカーに務める大和柊子

両親の離婚を止めようとする小学生の航平

芯では優しいがヤクザになるしかなかった赤木

その三者の事情が混じり合って生まれるクリスマスの小さな奇跡の物語。

ザックリ言ってしまえば、クリスマスに不幸の比べっこをする人々が自分を振り返って前に進んでいく話。

自分の人生を振り返って反省しつつ前に向かっていく話なので、ザックリ言ってしまえば『クリスマスキャロル』のようなストーリーともいえるかもしれない。

感想

この作品、何と言っても読後感がいい。

優しい人たちが多いのも良かったし、悪役の登場人物たちにもどこか憎めない側面があるので、嫌な気持ちは最小限で読むことが出来る良作だと思う。

その中でも特に大和の母親代わりともいえる英代の愛情の深さと人間性には心の底から癒される

また、お互いを想いつつも相手に一歩踏み込んでいけなかった大和と柊子が、最後に後悔しないための選択をするのも優しい物語だなと感じた。

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航平の日記

作中では、航平の物語形式の日記が良いアクセントになっていた

航平の感情をダイレクトに描くのではなく、物語の登場人物の一人として描いていることで、良い意味でフィルターとなっているので、読み手として不純物なく素直にその感情を受け入れることが出来た気がする。

航平は両親の離婚を止めることは出来なかったが、父親と母親を失わずに済んだのだろう。

夫婦としては終わりでも親子として続いていくこともある。

これは子供の成長にとって大きな違いを生むのではないだろうか。

不幸な出来事の渦中にいるタイミングでは気が付かないが、自分の不幸を理由に他人に冷たく接することは、全ての人間にとって救いのない行動だ。

大和にとっての英代であったり、航平にとっての大和のように、不幸の比べっこをしてもむなしいだけであることを教えてくれる存在がいるというのは心の底からありがたいことなのだろう。

悪人が悪人じゃない

『キャロリング』を優しい物語たらしめているのは、「赤木ファイナンス」社長にして悪役のボス・赤木の存在があるからだ。

彼が心の底からの悪役だったとしたら、この作品はここまで優しい読後感を感じられる作品としては完成されなかったのではないだろうか。

というのも赤木はあくどい商売をこなしつつ、使えない部下や元ホステスを食わすために働いているようなところがある。

単純に悪人として、ひとまとめにすることが出来ない人物造形をしている。

だが、結局のところ自分を憐れんでしまい、詐欺行為や誘拐をして他人を傷つけてしまう。

自分が不幸だからって他人に何を言ってもいいわけではない

「自分が不幸だったら他人に何を言ってもいいと思ってるのか。この世で自分だけが不幸だと思ってるのか。」

赤木に対する言葉ではないが、作中にはこんなセリフが登場する。

赤木は心の底からの悪人ではないが、結局自分に起きた不幸をどこかで他人のせいにして生きてしまった

僕は自分のことを憐れんで生きることは、言い換えれば自分の人生に負けることだと思っている。

赤木はまさに”自分の人生に負けてしまった”といえる。

気に入った台詞

せっかくなので気に入った台詞をいくつか紹介してみたい。

愛されている子供ほど母親を傷つける力を持っている。

航平は母に黙って別れる予定の父親と会っていた。

そのことを知った時に、母が心の底から傷ついて航平に言ってはいけない言葉を吐きそうになる。

その言葉はギリギリで言わずに済むが、それでも本当に傷ついてしまっていた。

愛されている子供は、簡単に母親を傷つけてしまうものなのかもしれない

それでも母は強いのだろうけど、やっぱり人間だからね。

「だけど、俺はもうずっと昔に終わったことだ。現在進行形でつらいほうがつらいだろ」

これは大和の台詞。

自分が昔体験したツラさと航平が現在体験しているツラさについて聞かれた時にサラッとこういうことが言えるのは格好いい。

自分がいかに不幸なのかを言いたくなる気持ちはわかるし、実際に言ったこともあると思うが、不幸の比べっこはしないという強い意志を感じる。

起きた出来事の大小に関わらず、今、現在進行形でつらいほうがつらいというのは、乗り越えた人間だからこそ言える強い言葉だと思う

伊坂幸太郎っぽい?

有川作品全般の話ではなく、この作品の単体の特徴を挙げてみたい。

まず、リーダビリティの高さ

倒産が決まった会社。離婚する家族。お金が必要なヤクザ。

どれ一つをとっても続きが読みたくなる面白い展開が、3つ重なり混じり合って一つの結末に向かっていくのは、抗いがたい魅力がある。

もう一つ。少ない登場人物でくるくるとストーリーを展開している点も挙げたい。

全体的に(特に後半は)舞台のようなワチャワチャ感(いい意味です、笑)があって、大きい物語ではなく、スモールスケールで動き回るワチャワチャ感が、読者にとってはスピードに感じられて、どんどん物語の世界に入っていけるのだろう。

どことなくリーダビリティの高さがとワチャワチャ感が混じり合っている作品というと、伊坂幸太郎『残り全部バケーション』を思い出してしまう。

さらに言うならヤクザが登場する作品という共通点もある。

他の有川作品で同様の感覚を味わったことはないが『キャロリング』に関してだけは伊坂作品のようだ

有川作品にしては珍しい感覚かもしれない。

最後に

有川浩『キャロリング』はクリスマス間際になると読みたくなる優しい作品だ。

ちなみに僕は全くの季節外れにこの作品を読んでおり、その感想を変なタイミングで書くという愚行に走ってはいるが、違う季節に読んだからといって作品自体の質が落ちるわけではない。

孤独を感じるクリスマスが近づいてくる今の時期に気分を盛り上げるためだったり、自分自身に不幸なことが起きたとき、こんな優しい物語を読んで見てはいかかだろうか?

この優しい物語は、きっとあなたの心の重荷を軽くしてくれるはずだ。

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