最終回の視聴率が40%を超え社会現象にまでなった2013年のTBSドラマ『半沢直樹』の原作小説第二弾である池井戸潤作『オレたち花のバブル組』。相変わらずタイトルのセンスは救いようもないが、内容に関しては最高のビジネスエンタメ作品になっている。
前作の『オレたちバブル入行組』とセットでドラマ化されていたので、この作品が実質ドラマのクライマックスになっており、最大限の盛り上がりを見せるシーンが描かれている。
前作の感想でも書いたが、国民の40%以上が見た大人気ドラマの原作のネタバレ感想を、ブームが去った遥か後に書いた所で誰も興味がないかもしれないが、面白い作品だから書評を書くという信念に従って書きたいと思う。
オレたち花のバブル組
あらすじ
「バブル入社組」世代の苦悩と闘いを鮮やかに描く。巨額損失を出した一族経営の老舗ホテルの再建を押し付けられた、東京中央銀行の半沢直樹。銀行内部の見えざる敵の暗躍、金融庁の「最強のボスキャラ」との対決、出向先での執拗ないじめ。四面楚歌の状況で、絶対に負けられない男達の一発逆転はあるのか。 「倍返し!」でメガヒットのドラマ「半沢直樹」シリーズ第2弾!
引用:amazon
前作、東京中央銀行大阪西支店での活躍と暗躍で、東京中央銀行本部営業第二部に次長ポストで受け入れられた半沢直樹だが、頭取命令で老舗ホテル「伊勢島ホテル」の経営再建を押し付けられることになる。
時を同じくして金融庁検査が行われることになり、金融庁のエリート、オネェキャラのスーパースター検査官・黒崎駿一に融資の回収がおぼつかないと判断されないように、頭取である中野渡から再建策の作成を命じられる。銀行内の敵、検査官、経営難の老舗ホテルの役員など、多くの敵に囲まれながら、半沢直樹の逆襲が始まる。
ああ、書いていたらもう一度読みたくなってきた、笑。やはり、逆転劇は盛り上がるし記憶にも強く刻まれるものだ。
感想
一作目に続き、抑圧された前半から後半に向けて畳み掛けるように逆転していく様が心地良く、池井戸潤ここに有り!と宣言したくなるほどの爽快感のある逆転劇が見られる。
元々は、半沢のミスではない融資が焦げ付いたところで、特に問題はないのではないかとも思うのだが、銀行の世界ではそうはいかずに厳しい立場に追いやられていく様子は読んでいてつらくなってしまう。前作でいう所の竹下金属社長のように半沢の運命共同体になるパートナーは、今作では「伊勢島ホテル」の社長・湯浅威(ゆあさ たけし)という信頼できる経営者にスケールアップ。
どことなくだが、敵も多くなったが味方も増えたような印象もあり、チョコチョコと登場する渡真利との妙に砕けた会話もあるので、前作ほど孤独でどうしようもないといった展開ではない気がする。
性格の悪いオネェの黒崎とナルセンの破綻や疎開資料についてバチバチにやりあったり、ラスボス的存在の大和田常務とギリギリの勝負をしたりと薄氷を踏むような展開の中、取締役会での最終決戦を迎えるラストシーンは湧き上がるような興奮に包まれる。これほど痺れるクライマックスはあまり記憶にない。
裏の戦い
また、半沢の表のストーリーと対比するように、裏のストーリーとして中堅電機メーカータミヤ電機に出向した近藤直弼(こんどう なおすけ)の奮闘も描かれており、実はそちらの戦いも面白い。
タミヤ電機社長の田宮基紀(たみや もとき)のナルシスト的なバカ理論は聞いていてため息が出るし、タミヤ電機で近藤の部下にあたる野田英幸(のだ ひでゆき)の立場をわきまえないマヌケ発言や行動もストレスが溜まるので、言いたいことを言っている半沢パートよりも近藤パートの方が読んでいてイライラする。
近藤の逆襲と半沢の男気
ただ、近藤がタミヤ電気の粉飾を見破ってからは近藤の闘志に火が付き、ストレスも何のそのといった勢いで田宮社長を追い詰めていく。最後の最後に大和田の転貸の件を報告書を上げずに黙認したのは残念だが、家族のために選んだ選択なので仕方ない。半沢もその事を責めるでもなく「裏切られたとは思わない」と擁護する姿は単純に格好いい。
まぁ前作で半沢も似たようなことをやって東京中央銀行本部営業第二部に来たことを考えれば、責めれる立場ではないのかもしれないが、笑。
仕事の信念を貫く
それでも半沢が他の行員たちと一番違う点は、「正しいことを正しいと言える」ことかもしれない。
銀行の中の「部下の手柄は上司のもの!上司の失敗は部下の責任!」というカースト制度も真っ青な理論があり、上司の言いつけどおりに動いたとしてもミスは部下のせいになってしまうことがあるという。そんな時に、「わたしは貴方の命令に従っただけです」と当たり前の正論をいう事が出来るだろうか。
業界の“常識”の難しさ
この作品を読んでいると、その正論をいう事がいかに難しく勇気がいることで、さらに障害が多いことなのかがわかる。最終的に行内融和の為に出向させられた半沢を見ていると、歯に衣着せぬ物言いもある程度状況を見て実行するべきなのかもしれないと思ってしまった。
そんな半沢でさえ、銀行の外にいる奥さんの「花」からすると、「銀行の常識は社会の非常識」なんて言われてしまうのだから面白い。ちなみに、前作も出てきたが、その「花」も驚きの要素だったりする。
小説の「花」全然可愛くない問題
ドラマを観たあとに原作を読むと何よりも半沢の嫁である「花」がそれはもう可愛くないことに衝撃を受ける。それはもう驚くほどに可愛くない、笑。
映像として見るドラマの「花」が上戸彩だったというハードルの高さがあるので、小説の「花」は少し可哀想ではあるが、それにしたって、半沢を支えるどころかブツクサ文句を言って困らせたり、旅行のキャンセル料の愚痴を言い続けたりと、読んでいてぶっちゃけ面倒くさくなってくる。
もちろん、金融庁検査で半沢の自宅に押し掛けた職員に対してしっかりと文句を言った「花」は、スッキリとさせてくれたが、全体を通してみると、ドラマに比べてやはり可愛らしさが足りない。可愛くないから正義じゃない。
ある意味では、それだけ花を演じていた上戸彩が可愛すぎたという事なのかもしれない。ホント、HIROとか上戸彩をマジで返せ!という感じ。話がそれたが。
ドラマ化について
ドラマの話が出たのでついでに。
この作品は原作も素晴らしいし、一部脚色し素晴らしいクオリティで映像化したドラマも素晴らしかった。基本的にはほぼ綺麗に原作どおりに作っている事。また、題名を『半沢直樹』に変えたのはドラマスタッフの多大な功績かと思う。
小説では出向というサラリーマンとしての宿命を受け入れることで、哀愁を漂わせながら幕を引いた作品も、ドラマではまた新たなスタートを切るかのような終わり方になっていたので、必然的に続編に期待が高まった。
堺さんは乗り気じゃない?
しかし、主演の堺さんはあまり続編に乗り気ではないようで、続編の噂はあれど、未だに実現にはいたっていない。役者としては、他の作品に影響が出るほどのイメージが付いてしまうのは困ってしまうという側面があるのかもしれない。その気持ちは非常によくわかる。
それでも一人のファンとしては、是非『半沢直樹』の続編に首を縦に振ってくれる姿を期待してしまう。続編を見たいドラマNo1としてこれからも期待している。
最後に
池井戸潤の作品には仕事に対する哲学がある。
『下町ロケット』や『鉄の骨』など、多くのビジネス小説を描いている同氏だが、その多くには夢と現実の間で揺れる社会人が描かれている。多く人は現実に流されていってしまう中で、池井戸作品では夢を持つ多くの社会人たちの背中を押してあげる作品が多いと僕は思っている。
だからこそ半沢直樹が出向を命じられるこの作品のラストシーンは非常に驚いた。スジを通し、正義を信じ、成功を収めたであろう半沢直樹が貧乏くじを引くエンディングは池井戸作品の中では異例である。
もちろん、その驚きがあるからその続編である『ロスジェネの逆襲』への興味が湧いてくるのかもしれない。