池井戸潤『オレたちバブル入行組』感想文:半沢直樹1-この作品に魅了される理由を今さら考える

  • 2022年7月13日

社会現象にまでなった2013年のTBSドラマ『半沢直樹』。最終回の視聴率は40%を超え、「倍返し」がこの年の流行語大賞を取得した。これらの勢いはとんでもないブーム・流行と言える。

そんな『家政婦のミタ』を上回る爆発的な人気を獲得したドラマの原作が池井戸潤作『オレたちバブル入行組』になる。タイトルの笑えないほどの芋臭さは置いておいて、作品はドラマに勝るとも劣らない面白さになっている。

ブームから3年も経ち“今さら感”しか漂ってないが、僕自身が書きたいからという理由だけで『オレたちバブル入行組』(というより半沢直樹シリーズの全作品)のネタバレ感想を書いていきたいと思う。

国民の40%以上が見ているドラマの感想を、ブームが去った遥か後に書いた所で誰も興味がないかもしれないが、ブームだったからではなく、面白い作品だから書評を書くべきであるという信念に従って書ききってやろうと思う。かかってこいや!

オレたちバブル入行組

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あらすじ

大手銀行にバブル期に入行して、今は大阪西支店融資課長の半沢。支店長命令で無理に融資の承認を取り付けた会社が倒産した。すべての責任を押しつけようと暗躍する支店長。四面楚歌の半沢には債権回収しかない。夢多かりし新人時代は去り、気がつけば辛い中間管理職。そんな世代へエールを送る痛快エンターテインメント小説。 ドラマで人気沸騰の「半沢直樹」、元祖「倍返し」シリーズ第1弾!

引用:amazon

ドラマではサラリと流されていたが、小説ではバブル期入行の狂ったような常識や、輝かしい未来への希望が崩れ去った厳しい現実などがやや淋しげに描かれている。小説の表紙では、ジャケットを肩からかけている男の背中の寂しさがドラマでは描かれなかった哀愁を感じさせてくれている、笑。

また、主人公の半沢直樹(はんざわ なおき)だけではなく、同期の渡真利忍(とまり しのぶ)、近藤直弼(こんどう なおすけ)、原作しか登場しないが法務部に苅田光一(かりた こういち)などのバブル入行の世代の奮闘が描かれている。

腹立たしい浅野匡(あさの ただす)支店長や、腰ぎんちゃくの江島浩(えじま ひろし)副支店長などの人柄がクソッタレで、正論を曲げられて追い詰められる前半部分はとにかくストレスが溜まっていく。その反動で後半の逆転シーンが生きてくるのは池井戸作品の十八番といっていい演出だ

最終的には浅野を刑事訴訟しないことを条件に、東京中央銀行本部営業第二部に次長ポストで栄転を果たす半沢だが、さりげなく格好いいのはその要求をする際に、自分の部下たちの人事に関しても希望のポストに就かせろと一言添えるところだ。敵は容赦なく叩き潰すが、味方には義を尽くす半沢の人物像も作品の素晴らしさに一役買っている。

ただし、別に決め台詞として「倍返しだ!!」的なことはほぼ言ってない。「土下座してもらいますからね」に関しても同様で登場シーンは少ない。そういった意味で、キャッチーに作り上げたドラマスタッフが優秀だったのではないかと思う。あと鬼クソダサいタイトルを『半沢直樹』に変更した功績も大きいと思う

感想

この作品の何が魅力で人を引き付けるのかを考えると“逆転の爽快感”というキーワードが何よりも重要なのは知ってのとおりだ。

小狡くて保身に走る浅野支店長と、クソ忌々しいバカ野郎な西大阪スチール社長の東田満(ひがしだ みつる)から受けた仕打ちは、物語前半から中盤にかけて読み手にストレスを与え続けることになる。

追い詰められ逃げ場もなく絶体絶命の状態から、一発逆転のホームランを放ち、悪人たちを追い詰め、慌てふためく様子を読むと、これ以上ない爽快感が味わえる。読み手はもはやエレクト寸前だ。その抑圧から解放される逆転劇こそが、支持される理由の大きな要因であるのは間違いない。

また、この作品の魅力は逆転の爽快感だけではなく、バブル期の時代背景と現在の不況時代とのギャップや、時折入る銀行の内部事情の解説や用語が勉強になるという見方もできる。

「そんなことわかってるでしょ?」と不親切に物語をグイグイ進めるのではなく、少しでも難しい言葉が出てきたらしっかりと解説を挟んでくれている。本当に何も知らない僕らのようなバカ一般人に対しても間口を広く文章を書いてくれることが多くの人から支持される理由になっているはずだ。恥ずかしながら「粉飾決済」とか知らなかったからね、読むまでは。本当にお恥ずかしいかぎりで・・・。

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惹かれる理由

では、この作品に人々が魅了される理由はなんだろうか?僕が思うに、いくつかの要素がバランスよくミックスしている点が日本人の感覚にフィットするのではないかと思う。順番に見ていこう。

<勧善懲悪>

一つ目の要素は勧善懲悪

わかりやすい悪人が登場し困っている人たちがいる勧善懲悪の物語は受け入れやすいシチュエーションだ。アンパンマン、セーラームーン、プリキュア、戦隊ヒーローものもそうだが、日本人には幼いころから勧善懲悪の物語を受け入れやすい土壌がある。また、水戸黄門や暴れん坊将軍など、年齢が上がっても勧善懲悪のエピソードは人気があり、その感覚は年齢に関わらず持ち続けるものであることは証明されている。

わかりやすい勧善懲悪から大逆転をするから、シンプルに積み重ねてきたストレスが一気に快感へと変わるというわけだ。

<性格・立場の逆転>

二つ目の要素は主人公・半沢と宿敵・浅野の性格と立場が最後の最後で逆転するところ。

半沢が普段、同期や部下に見せる実直さと裏腹に、対立する相手や筋が通っていない相手に対面した時に、心がスッと冷えつき容赦なく叩き潰す半沢の人物像にとても興味を引いた。啖呵を切る時だけ口が悪くなるのもとても良い。

同時に物語の終盤に見せた浅野支店長の家族を想う人間らしさも、読み手にまぁ仕方ないかと思わせてくれる要素だ。土俵際で浅野の妻が登場することで、半沢が交換条件を出したことが、脅しや恐喝に見えず浅野に対する救済措置に見えるから不思議だ。お互いの瀬戸際での性格の逆転がラストシーンに緊張感をもたらしているのではないだろうか。

<理不尽を覆す>

三つ目の要素は正当に理不尽を覆すということ。

世の中に腐るほど存在する理不尽がこの作品にも大量に登場する。社会で働く上では理不尽な出来事がないことの方が珍しい。皆さんも経験があるだろう。当然、半沢はその理不尽に抗いつつも時に歯を食いしばりながら過ごすのだが、最後の最後にその理不尽を覆して正当な意見を通すことになる。普段生活していて、理不尽なことはほとんど覆らない。まぁだから理不尽というのだろうが・・・。

それでも珍しくこの作品ではそれが覆るのだ。竹下金属の社長・竹下清彦(たけした きよひこ)が言っていた、「正義もたまには勝つ!」というセリフが全てを物語っているように感じる。

最後に

半沢直樹のシリーズは快感を味わえるシリーズだ。抑圧されたストレスから一気に開放されることで得られる快感は、ちょっと他の小説では味わうことが少ない類のものだと想う。

これほど抑圧からの解放が気持ちいいなら、女王様にロープで縛られてから解放される経験も一度くらい味わってみてもいいのかもしれないと、ふと頭をよぎる事がある。もし本当に縛られても、ここで報告をする気はないが。

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