誉田哲也『あの夏、二人のルカ』感想文|大人になってしまったアナタにこそ贈りたい青春小説

  • 2022年7月17日

誉田哲也『あの夏、二人のルカ』を読んだ。

『ストロベリーナイト』のように凄惨な事件や死体が登場するシリーズも描き出すと同時に、や『世界でいちばん長い写真』のように、思わず駆け出したくなるような爽やかな青春小説も生み出している誉田哲也だが、どうやら新作に関しては爽やかな青春よりの作品を描いたようだ。

ということで、この作品を読みたくなるような上品なネタバレ感想を書いていきたいと思う。

あの夏、二人のルカ

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あらすじ

思春期に抱えた、心の傷と謎。夢のように輝いていたあの夏、本当は何が起きたのか―。名古屋での結婚生活に終止符を打ち、谷中に戻ってきた沢口遙。ガールズバンド「RUCAS」を始動させた高校生の久美子。二人の女性の語る旋律が、やがて一つの切ないハーモニーを奏で始める。キラキラした夏の日、いったい何があったのか―。(引用:amazon)

女同士の友情が描かれている点が『武士道シリーズ』のふたりのようでもあり、圧倒的な音楽の才能をぶつけてロックにひた走る様子は『疾風ガール』のようでもあるので、女性が主人公の誉田哲也の青春小説が好きな人にはぜひおすすめしたくなる一冊になっている。

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物語は大人になった女性が離婚して故郷の街に帰ってくるストーリーと、キラキラした学生時代のガールズロックバンドの青春ストーリーが交互に描かれていく構成になっており、はじめは、地元に戻ってきた離婚した女性が一体何者なのかが隠されて進んでいく展開もこの作品の特徴の一つになっている。

この語り手が誰なのかは、折角なのでネタバレしないでおこうと思う。

といっても、すぐに何となく誰かはわかるのだが・・・。

大人パートでは、過去に心の引っ掛かりを感じている女性がギターのリペア屋≪ルーカス・ギタークラフト≫の男性と出会い少しづつ距離を縮めていく。こちらのパートは、話が微妙に進まないのでいまいち盛り上がりに欠ける印象を受ける。

対して、青春パートでは、女子高生が少しづつ仲間を増やしていきガールズバンド≪RUCAS≫を結成、好きなことに没頭する情熱と輝かしい未来への希望で溢れているストーリー。とても面白く、話がポンポン進んでいくので読みやすい。

語り部のクミの性格や、他人への印象も嫌味がなくて疾走感に一役買っているのではないかと思う。

青春パート

青春パートでは、女子高生5人が結成したバンド≪RUCAS≫の絆が深まっていき、その中でも特に才能に溢れているヨウという存在がいるために、今後のバンドの方向性について食い違いが生まれてしまう。

プロデビューなんてどうでもいいから、今のこのメンバーでバンドを続けていきたいと願うヨウに対して、どういう形であれプロとしてデビューし、ヨウの才能とカリスマ性を世の中に見せつけたい久美子。

二人のすれ違いを見ていると、学生の頃から始まったバンドがスタートの頃の気持ちを忘れないまま、ずっと活動を続けていくなんていうのは、ほとんど奇跡のような出来事なのかもしれない

やがてスカウトが見にくるバンド演奏の際に窃盗事件が発生し、ヨウの親友のルカが怪我をして病院に運ばれてしまう事態になってしまう。しかし、ヨウに演奏させるためにそのことを隠してヨウを舞台に上げてしまったクミとヨウとの間には、決定的な溝が生まれてしまう。

ヨウは親友が傷ついていたのに何も知らずに歌っていた自分が許せないと、ギターとマイクを持つことをやめてしまう。ほろ苦い”あの夏の思い出”として皆の心に残る出来事だ。

これが青春パートの主なストーリー。

ただ、仮に自分が許せないとしてもその親友に会わなくなるというのは少し疑問もある

もしかすると、単純に自分が許せないという感覚のほかに、騙されて舞台に上げられたことにたいする反発もあるように思えた。

その反発心はティーンの年代が抱えて消化するには難しいのかもしれない。

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大人パート

ちなみに大人パートでは、急に途中から青春パートとバチンとつながるようになる。

最終的に青春パート生まれた心の引っ掛かりが、時を経て大人パートで解消されていく様子が大人パートの後半で描かれていくことになる

思い出すとうずいてくる青春時代の心の傷が、時間と共に思い出に変化していき当時の友人たちと同じ時間を過ごせるようになるのは、本当に気持ちの良いことだ。

また、学生の頃に持っていた強烈で恥ずかしい自意識と、その頃に体験したトラウマが、年齢を重ねたあとに解消される様子も読んでいて心地が良い。

よく年齢を重ねると丸くなると言われているが、人間は優しくなって丸くなるのではなく、視野が広がることで自分の生き方を反省しながら、自分を許すことで丸くなるのだと思う。

自分と他人の行動・想いへの許容範囲が広がることこそが、丸くなるということなのだと、この本を読んで感じることができた。

青春時代の自分たちの過ちを、時を経て笑って話せるようになる様子は幸福そのものだと思う

クミの人間力

最後まで読んだ方はわかると思うが、クミの人間力・・・という言葉で片づけるのもアレだが、自然な感覚で継続して誰かと連絡をとれる人間性というのは本当に素晴らしい才能だと思う。

人とつながる才能。

人と人とをつなげる才能。

クミがのらりくらりと人と人を繋げてまっすぐに進んでいた事実も、大人パートで感動してしまう一つなので、是非そこにも注目して読んでもらいたいところだ。

ヨウの贖罪

クミのように誰かを思って行動し続けるという力も素晴らしいのだが、青春時代の責任を感じながら生きていたヨウの生き方も並大抵の生き方ではないと思う。

時を経て、それらの思いが再度触れる機会を得て、昔のように音楽を奏でることができることが出来たのであれば、ただただ嬉しくてたまらない!と、シンプルな感想を心に残してくれる作品だった。

昔の仲間っていいよなぁ。とジンワリ感じられる。

この本は、30代、40代の読者の方がじっくりと楽しめる輝かしくも落ち着きのあるいい作品だった。

最後に

この作品は、青春パートの方が読み物としては楽しめるのだが、大人のパート(つまりは現在)から振り返ってみるからこそ、当時の青春の本当の輝かしさを感じ取れる構成になっているのではないだろうか。

つまり、この作品は、すでに大人になってしまったアナタに贈られた青春小説なのではないかと思うのだ。

ふと昔を懐かしみたいアナタは、ぜひこの作品を手に取ってみてほしい。

きっと輝かしい過去を思い出して楽しめるはずだ。

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