小説の中には読むに値しないような”つまらない小説”がある。
本を読むということは、人生の内の貴重な数時間を一冊の本に費やすということである。それなのに読んだ本がつまらないというのは、本当に地獄のような出来事なのだ。その本に対価を払ったことも地獄。時間を使って読んだ事実も地獄。何も良いことがない。
つまらない小説が地獄であることは間違いないのだが、くだらない小説はどうだろうか?同じく地獄に感じるだろうか?
答えはNOだ。
くだらない小説は地獄ではない。何故ならくだらないことで楽しめたり、くだらないことで癒されることがある。それは経験してみないとわからないかもしれないが、今回紹介する蘇部健一『六枚のとんかつ』という推理小説はとにかくくだらなさにかけては天下一品だ。しかし、メフィスト賞を受賞するほどの作品なのにくだらないとはどういうことなのか?
今回はこの作品の魅力とネタバレ感想を書いていきたいと思う。
六枚のとんかつ
あらすじ
『メフィスト賞』第三回受賞作。大笑いか激怒かっ!?決して読む者の妥協を許さぬ超絶アホバカ・ミステリの決定版、遂に登場!流麗にしてクレバー。この“難問”を自力で解いた時には感動すらおぼえる表題作。思わず“ナルホド”とヒザを打つ『音の気がかり』。“ウゲッ”と絶句する『しおかぜ17号四十九分の壁』他、全15編+αを完全収録。
感想
つらつらと感想を書いていきたいところだが、
くだらねえ!!!
の一言しか生み出さないのがこの作品。とにかくくだらない作品が並ぶ。
例えば、誘拐された子供を探し出すために犯人からかかってきた電話の背後に聞こえる音を頼りに潜む場所を推理するシーンがある。電話の後ろでは、
「ガッツ石松、ガッツ石松」
という声が聞こえてくる。
ガッツ石松が連呼されるならボクシングジムの近くに犯人が潜んでいるに違いない!と当たりをつけるのだが・・・実は「ガッツ石松、ガッツ石松」ではなく、
「バックします、バックします」
というトラックが後退するときの音声だったというオチだ。
くだらねえ!!!
まだある。パーティーで宝石が紛失してしまい警察が登場し、その場にいた人全員の身体検査が行われたのだがそれでも宝石は見つからない。一体どこにあるのかと頭を悩ませていたところ、パーティー出席者の一人のドレスがパーティー会場の壁紙と同じ柄だったために人がそこにいることに警察が気が付かず、身体検査を受けていなかったというオチだ。
くだらねえ!!!
ああ、くだらないくらだない。それなのにナゼか楽しい気持ちになる。この作品はそんなくだらなさを十二分に味わう為のエンターテイメント推理小説なのだ。そんなくだらない小説の中でも特にくだらないのはFILE No.7『オナニー連盟』だ。
FILE No.7『オナニー連盟』
本当にこういう名前の作品なのでそのまま表記するが、もちろん小編タイトルはシャーロック・ホームズシリーズの名作であるアーサー・コナン・ドイル『赤毛連盟』のオマージュである。
『赤毛連盟』では、新聞に赤毛であれば高額の給料が得られるという仕事の求人広告が出る。ジェイベズ・ウィルスンはこれに応募し、毎日午前10時から午後2時までの4時間、事務所にこもって大英百科事典を書写することになるが、急に赤毛連盟に連絡がつかなくなってしまう。ウィルスンはそのことをワトソンとホームズに相談することになる。オチは、盗みを働くため、一定時間ウィルスンを店から連れ出したい強盗団が考えた苦肉の策だったというものだ。
もちろんそのオマージュ作品である『オナニー連盟』でも全国版の新聞にこんな募集広告が載る。
オナニーさん求む!
毎週土曜、日曜の午前十時から午後五時までの簡単な仕事で、日当三万円を支給される連盟のメンバーに空席が一つ出来た。仕事はあくまで名目上のものである。われこそと思うオナニーさんは、今週の土曜日の午後三時から午後五時までのあいだに、○○ホテル072号室まで直接来られたし。オナニー連盟
(本文より引用)
くだらねえ!!!
ああ、くだらねぇなぁ。面白いなぁ。全力でくだらないから面白い。ちなみに、この募集広告に対して主人公の“私”は燃える。なぜなら彼は自慰行為に幼いころから絶大なる自信を持っているからだ。
たとえ全国からどんなオナニー上手の人間が集まろうとも、私はそれらのライバルたちをすべて蹴散らしてみせるぜったいの自信があった。いや、もし首尾よくオナニー連盟の末席に名を連ねることができたなら、短期間のうちに、強者揃いの会員たちと互角以上の戦いをしてみせる自信さえあった。そして私はいつの日か、マスター・オブ・オナニーの称号を手にするのだ。そう、私こそは、オナニーをするためにこの世に生まれてきた男なのだ。
(本文より引用)
くだらねえ!!!
自慰行為に対して全身全霊、全力全開の自信を見せる”私”。もうくだらなくて思わず笑っちゃう物語になっている。ネタバレをしてしまうが、結局この広告はオナニーさんという名前の外人を探すための広告だったことがわかる。あああ、なんてくだらないんだろう。尊敬すべきくだらなさだ、笑。
メフィスト賞
そんなくだらない『六枚のとんかつ』だが、なんとこの作品はメフィスト賞を受賞している。
メフィスト賞といえば、細かい制限など何もなく、”ただ、面白ければそれでいい”というストロングスタイルの賞だ。元々、森博嗣氏を華々しくデビューさせるための賞で、同氏の『すべてがFになる』は今も色あせない傑作だ。
他にも、『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で、受賞した西尾維新は『化物語』シリーズの大ヒットもあり人気作家になっている。
殊能将之『ハサミ男』は知名度こそやや劣るかもしれないが、作品自体は驚愕の結末を迎える素晴らしいミステリーだ。細かい内容を話すべき作品ではないのだが、なるべく情報を遮断して読んでもらいたい名作。
また、推理ものにかぎらず、高田大介『図書館の魔女』のような一風変わったファンタジー小説なども受賞するから面白い。
『すべてがFになる』のような作品に対しても、この『六枚のとんかつ』のような作品にも平等に贈られるのがメフィスト賞の素晴らしい所だと思う。超絶くだらない作品にも愛の手を。アホくさくても面白ければそれは正義なのだ。
作者の自虐
くだらねえ!!!くだらねえ!!!
と声を大にして書いてきたのだが、これは僕個人の私見だけで語っているわけではない。実はこの作品のあとがきで作者も自分の作品に対して自虐しているから面白い。
この作品のノベルス版が出たとき、バカだ、ゴミだ、だれにでも書ける、商品としてのレベルに達していないなどと、たくさんのご批判を頂戴した。当時は、そういうことを言った人たちに対して殺意を抱いたものだが、四年ぶりに読み返してみると、たしかにこれはゴミだった。
(本文より引用)
いやぁけっこう言うなぁ、おい、笑。
自分自身で時間をかけて書いてきた愛すべき作品をゴミと言い切る潔さに対して驚愕を覚えているのだが、なんとなくカラッとこういうことを言いきってしまう蘇部さんには好感を覚えてしまう。
このくだらなくて愛すべき推理小説『六枚のとんかつ』をおすすめしているのは、そんな蘇部さんの人柄に惹かれたからなのかもしれない。興味がわいたら是非手に取ってみて欲しい。