凄まじい衝撃と共に読み終えた今村昌弘『屍人荘の殺人』。
第二十七回鮎川哲也賞受賞作でもあるこの作品は、ミステリーファンの話題を独占するとともに賞賛と批判の声を浴びた。話題になるということは、良くも悪くも世間の評価にさらされるということだ。
しかし、僕はこの作品が王道だの邪道だのウダウダ語りたいわけではなくて、ただ面白かったからその感想を書きたいと思った。
という訳で、今村昌弘『屍人荘の殺人』のネタバレ感想と、この作品が気に入った人へ類似作品をおすすめしてみたいと思う。
ガッチリとネタバレをするので、何も知らない状態で楽しみたい人は、このページを閉じてさっさと本を購入して『屍人荘の殺人』を100%の状態で楽しむべきだと思う。
本屋でも買ってもいいし、ネットで買ってもいいから。
屍人荘の殺人
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…!!究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?!奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!(引用|amazon)
———-以下、ネタバレ———-
初めは普通の推理小説
読み始めはよくある普通の推理小説ものとして始まる。
大学のサークルの一つである映画研究部の夏合宿に主人公たちが参加するベタな展開。
去年はその夏合宿で何か事件があり、自殺者も出ており、どことなく不穏な空気のするOB達も登場することで生まれるこれまたベタな事件の香り。
一日目のBBQも終わって、肝試しを行うまでは”普通のクローズドサークル”作品として進んでいく。
ところが・・・
途中から”普通のクローズドサークル”作品が急激に全く違った表情を見せることになる。なんと、肝試しの最中に大量の
『ゾンビ』
が登場するのである。
まさかのゾンビの大群が登場
いきなり大量のゾンビが襲ってきて、主人公たちを含む登場人物たちは別荘に立てこもることになる。
雪で閉ざされた山荘やら、海に囲まれた館などの作品は当然読んだことがあるが、ゾンビに閉じ込められたクローズドサークル作品は流石に始めて読んだ。
普通の推理小説として読み始めたにもかかわらず、急にゾンビが現れて襲いかかってこられるという衝撃の大きさは計り知れない。
だがこの作品、実はタイトルですでにネタバレしているのだ。
『屍人荘の殺人』
屍人 = ゾンビ
ほら、もう完全にネタバレ。普通にネタバレ。
当然と言えば当然だ。思いっきり書いてある。でも、そのままダイレクトにゾンビが登場するとは誰も思わない。
それは意外と大きな盲点なのかもしれない。なんにせよ、ゾンビが現れることで見事な条件付きのクローズドサークルが生み出されているのはお見事といった印象。
さらにそのゾンビはクローズドサークル内で起こる連続殺人のトリックや、殺害方法に直接的にかかわってくるものだ。
舞台装置として、さらにトリックの根幹をなす最重要のファクターであるゾンビという存在は、この作品には欠かすことのできない”核”なのだ。
それでいて本格推理
この作品が評価されているのは大量のゾンビに囲まれるという異常な展開をみせているわりに色物な小説にならないで、殺人事件に対して推理の論理性がぶれないからだ。
ゾンビの大群に囲まれるという特殊な状況において、ともすると”なんでもあり”な状況になりそうだが、急にゾンビが空を飛んだり、ワープしたりなんていうアンフェアな出来事は起きない。
あくまでもフェアに情報が開示されており、論理性が欠如することがないのだ。
殺害方法に対しても散りばめられた小さな情報、伏線とも呼んでいいかもしれないが、それらを丁寧に拾い集めて紡いでいけば、しっかり真実にたどり着ける内容となっている。
また、サスペンス要素としてゾンビたちに追い詰められていくスリルも味わえるので、一つの作品で二度三度おいしい?小説でもあるのだ。
密室トリックの組み合わせ
作中では密室トリックについて語られている場面がある。
その内容は、密室トリックの手段については出尽くしており、その出尽くした密室トリックの手段を組み合わせることで、新しい密室トリックを生み出してきたというものだ。
これらの表現は、実はこの作品自体にも当てはまるのではないかと思う。
というのも、今の時代「本格ミステリー」も「ゾンビ」も、それ単体はありふれたエッセンスでしかないが、この作品ではそれらを合わせることで、全く新しい作品として生まれ変わることに成功しているからだ。
作中では密室トリックの手段として話していたが、もしかするとこの作品自体もそういった着想から生まれているのかもしれない。
もちろん、「クローズドサークル」や、比留子と葉村の「恋愛要素」も組み合わされた作品なので、様々な”掛け合わせ”が楽しめる作品になっている。
限定条件でのミステリー
『屍人荘の殺人』に限らず、限定条件において生まれるミステリー作品は楽しめるものが多い。『屍人荘の殺人』に似た印象を受けるパニック状態のクローズドサークル作品だと、
有栖川有栖のデビュー作『月光ゲーム Yの悲劇’88』の印象が近いかもしれない。
キャンプ場に来た学生たちが火山の噴火事故に巻き込まれて脱出できない状態で殺人事件が起こる作品で、シチュエーションもパニック後も逃げられないような状態も近いものがある。印象的には一番近いのではないだろうか。
他にもファンタジーと本格推理を掛け合わせた作品として、米澤穂信の『折れた竜骨』などがある。
本作は「魔術」やら「呪い」やらが存在する世界で、論理性を持ちいて謎を究明する本格ミステリー作品になっている。ファンタジーだがアンフェアな部分はなく、情報がしっかりと開示されているところが素晴らしい。
また『七回死んだ男』をはじめとする西澤保彦作品では、限定条件の空間を作り出して、その中で本格推理を展開する作品が多く、非現実と現実の境界線をずらしつつ、その広がった範囲のルールで本格推理が行われる様子は独特の癖があり楽しめる。
どの作品も『屍人荘の殺人』を気に入った人は是非とも手に取ってほしい作品たちだ。
おそらく続編も!?
あくまでも予想ではあるが、この作品には続編がでるに違いないと期待している。多くの謎がまだ未解決のまま残っているからだ。
例えばゾンビのウィルスがどういった経緯でばらまかれたのか?一度ゾンビになってしまった人間はもう戻らないのか?などのシンプルな疑問はなにも解決していない。
他にも班目(マダラメ)機関についてはどのような組織で、冒頭の報告書から広がる展開なども何も触れられていないので、今後見られるとしたら嬉しい要素だ。
そういった明かされていない謎が多く存在しているこの作品は、きっと近いうちに続編の噂が聞こえてくるに違いない。
最後に
ゾンビが出てくるというはなれ技を使っているにもかかわらず、作品の読み口が安っぽくないのは作者である今村氏の技量によるところが大きい。この文体や表現ならば、ゾンビといった飛び道具に頼らずとも素晴らしい作品を生み出してくれるに違いないので、是非とも続編に期待したいと思う。楽しみだ。