作品のタイトルだけを見て、勝手にユルユルした笑える内容の作品だと思い込んでしまうことがある。それなのに実際に作品を読み始めたらシリアスな内容だったりすると、自分の心が勝手に生み出した勘違いが原因でギャップが埋まらず、物語の導入部分で苦労してしまうのだ。
池井戸潤さんの作品『七つの会議』が、まさに自分の思い込みからそのギャップを生み出してしまった作品だ。
なんとなく、勝手に『残り全部バケーション』のような少し肩の力の抜けた部分のある作品かと思ってしまっていたのだ。おそらく“会議”という言葉から、三谷幸喜さんの『清州会議』を勝手に連想してしまった事が原因ではないかと自己分析している。
しかし、導入部分で苦労したにもかかわらず、この『七つの会議』はすぐに世界観に引っ張り込んでくれた。そして、中盤以降はノンストップで読んでしまった良作、さらにNHKでドラマ化もされている作品なので、今回はそんな池井戸作品のクライムノベルのネタバレ感想・紹介を書いていきたいと思う。
七つの会議
あらすじ
トップセールスマンだったエリート課長・坂戸を“パワハラ”で社内委員会に訴えたのは、歳上の万年係長・八角だった―。いったい、坂戸と八角の間に何があったのか?パワハラ委員会での裁定、そして役員会が下した不可解な人事。急転する事態収束のため、役員会が指名したのは、万年二番手に甘んじてきた男、原島であった。どこにでもありそうな中堅メーカー・東京建電とその取引先を舞台に繰り広げられる生きるための戦い。だが、そこには誰も知らない秘密があった。筋書きのない会議がいま、始まる―。“働くこと”の意味に迫る、クライム・ノベル。
出典:amazon
完全な長編作品かと思っていたが、各章ごとに違った主人公の視点で物語が展開する連作短編集になっていて、それぞれのタイトルと主人公は以下の通り全8話で構成されている。
- 第1話:居眠り八角-原島課長
- 第2話:ねじ六奮戦記-三沢社長
- 第3話:コトブキ退社-浜本優衣
- 第4話:経理屋稼業-新田
- 第5話:社内政治家-佐野室長
- 第6話:偽ライオン-北川営業部長
- 第7話:御前会議-村西副社長
- 第8話:最終議案-八角係長
元々は7話だった話を単行本・文庫にする際に1話追加したそうで、そうなってくると『七つの会議』というタイトルの意味が、もはや何のこっちゃわからないという状態になっている。内容的には会社に属する人間ならば経験したことがあるような話が多いので何かモデルというか元ネタになるような事件があるようにも思える。
東京建電に隠された秘密をそれぞれの角度から少しずつ明らかにしていくプロットの組み方が非常に面白く、視点が変わることで登場する人物たちの印象も大きく変わるので、その印象の変化も見どころの一つに挙げられる。特に第一話のタイトルにもなっている八角さんはこの作品の本当の主人公と言ってもいいかもしれない。
感想
題名で語られているようにこの作品ではいくつもの“会議”が登場する。
効果的な会議もあれば、ただ他人を攻撃するためだけの会議や記録の残らない会議など種類があり、そんな会議の場で語られる出来事を中心に物語が進む。面白いのはそれぞれ無関係に見える出来事が少し筒繋がっていき、最終的には東京建電の大規模な不正問題に発展するので、なかなかスリリングな展開が楽しめる。
中小企業におけるコスト削減問題や不正、不備の隠ぺいは多かれ少なかれ存在すると思う。しかし、軽微な問題点までいちいち問題視していたら日本の経済が滞ってしまうので、多少目をつぶる部分は必要なのだろう。
それは時速40km制限の道路を、時速42kmで走る車まですべてスピード違反で逮捕してしまったら、社会に混乱が起きてしまうのと似ている。
しかし、踏み越えてはいけない境界線というものは確かに存在する。そしてその境界線は自分の立っている場所からだと非常に見えにくい境界線なのだろう。リコール隠しは一部の悪意ある人間の問題のようで、実は組織に属する人間であれば誰にでも起こりうる問題であることに恐ろしさを感じてしまう。
あと、それとは別に第3話:コトブキ退社のストーリーが単純に面白かった。主人公の浜本優衣に不思議と好感を持ってしまったので、浜本優衣の今後の話を読んでみたいという欲が生まれる話だった。
いろいろな会議
タイトルにもある様に、この作品の中では様々な会議が登場する。
- 営業報告のための『定例会議』
- 職場環境改善のための『環境会議』
- 売上・経費の目標決めのための『係数会議』
- 報告書を作成するための『編集会議』
- 営業部のための『営業会議』
- 議事録がなお偉いさんだけの『御前会議』
などがある。そのどれもが大切な様で、本当に大切なことを理解して会議をしている人間はいないように思えた。特にカスタマーセンターの『編集会議』は何のための会議をするのか、その基本的な概念が抜けており、読んでいてもストレスしか感じないような会議だった。会議ホント嫌い。
会議にイライラ
本の感想というか、単純にグチのような話になってしまうが僕は大きな会議が大嫌いだ。何故なら5人を超える会議では話し合いなど出来ないと思っているからだ。演説の上手い人間や場の空気を作ることに長けた人間が有利に働くだけの演劇が行われるだけで、時間の無駄であることが圧倒的に多いというのも嫌いな理由だ。
この作品の中にも報告したにもかかわらず、もみ消された内容があったり、ただ相手をやり込めて自分の正当性を主張するだけの会議があったりするので、イライラしてしまう。もちろん感情移入の延長なので、作品として優れているからイライラするという意味だ。
究極の会議とは、“会議をしないこと”である。
それぞれに無駄な時間が生まれるであろう会議、その目的が達成されれば良いのだから、会議をしなくても会議をしただけの効果が得られれば会議など必要ないのだ。はぁ――そんな職場に行きたい。ドッピュンとイきたい。
サラリーマンの葛藤
作品はリコール隠しという企業体質の不備が描かれている。会社組織として成り立っているグループではどうしても縦社会になり、利益や会社の存続という大義名分を掲げる上の決定に従わなければ、社内に自分の居場所がなくなってしまうサラリーマンは多いと思う。
そんな中で、上司の命令に保身のために従うか、常識と言われる正義を貫くか。板挟みにあうサラリーマンのつらさが描かれているので、同じく弱い立場のサラリーマンの僕としてはその状況を自分に置き換えてしまい、心の底から同情してしまう。
池井戸作品は面白いが、こういった部分がリアルなだけに感情移入しすぎると心に重みを背負ってしまう事がある。難しいものだ。
無人販売ドーナツ
第3話のコトブキ退社の主人公・浜本優衣は環境会議で“無人販売のドーナツ”を社内に設置できるように奮闘する。最終的には承認されて設置できるようになるのだが、このドーナツがこの物語の象徴的な存在になっている。
ドーナツの無人販売では、ドーナツを食べる代わりに200円を箱に入れるシステムになっており、これは利用者の“誰も見ていないところでの行動”が試されていることになる。また、作中では“誰も気が付かないようなところ”でリコール隠しが行われている。
誰も見ていないからお金を払わないドーナツと、誰も気が付かないようなところでのリコール隠し。
つまり“無人販売のドーナツ”は企業のコンプライアンスをミクロ化した比喩として描かれており、問題ごとに蓋をして、バレないだろうと画策する体制への小さな皮肉として描かれているのだ。作品の中にこういった小さな工夫が盛り込まれている所も面白味の一つだ。
最後に
食品の偽装問題やリコール隠しなど、社会における企業の大きな問題ごとというのは、定期的に日本社会に起こりうることだ。そんな時、どうしても会社単位で一つの人格のように否定してしまうことがある。どこどこの社員というだけで、その存在すべてを否定してしまいがちだ。
しかし、結末を読んでもらえばわかるが作品に登場する東京建電の中にも、起きた出来事に真摯に向き合おうとする社員は存在する。現実でもきっとそうなのだろう。
当たり前の話だが、問題ごとが発生した企業であったとしても、そこに所属する社員たちすべてに問題がある訳ではない。真摯に向き合おうとする存在はきっと存在するのだろう。この作品は忘れがちになるその当たり前を思い出させてくれる。