ミステリー作家でありながら、青春時代に感じる“苦味”をその謎に美しく盛り込むことに長けた小説家『米澤穂信』。
若かりし頃に味わう万能感の喪失、若さゆえの無力感など、読んでいるだけで胸の奥を絞られるようにつらい気持ちになってしまう作品が多い。しかし、その苦味は独特で癖になるので、ついつい新刊の棚から次の一冊を手に取ってしまうという中毒性をもたらしている。
今回は、僕が過去に読んだことのある『米澤穂信作品』の中で、絶対に読んでもらいたい、おすすめの作品を厳選してランキング形式で紹介したいと思う。
皆さんが知らなかった魅力の扉の一つでも開ける手助けが出来るのであれば嬉しい。
ルールとして
- 実際に読んで面白かった作品をランキングで紹介する
- さらにランキングには入らないがオススメしたいプラス1作品も紹介する
- 売上げや受賞歴とは無関係で、あくまでも個人的な好き嫌いでランキングを作成している
- 現在個別ページがない作品もいずれ個別ページを作成し、映画、ドラマ、漫画、アニメなど、他の媒体になっているなどの詳細情報はそちらに
- あらすじ・ストーリーは基本amazonからの引用で読んだ時に最大に楽しめるように基本的に重大なネタバレなし
- ダラダラと長い記事なので目次を活用してもらえるとありがたい
作家『米澤穂信』
出典:http://hon-hikidashi.jp/enjoy/3745/
1978年生まれ。岐阜県出身。大学卒業後に書店員をしながら小説家を目指し執筆活動をする。2001年『氷菓』でデビューを果たす。以下受賞歴。
- 2001年『氷菓』でデビュー。第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞受賞
- 2011年『折れた竜骨』第64回日本推理作家協会賞
- 2014年『満願』第27回山本周五郎賞受賞
- 2015年『王とサーカス』週刊文春ミステリーベスト10にて1位
受賞という形だと多いわけではないが、様々なミステリーランキングで常に上位の順位を獲得するハイアベレージな推理小説家といえる。ではランキングをどうぞ!
第11位『追想五断章』
古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在を知る。二十二年前のその夜何があったのか?幾重にも隠された真相は?米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編。
感想・紹介
大学を休学している菅生芳光が5編のリドルストーリー*1を探していく長編小説。
全体的に薄暗い靄がかかっているような展開が続いていく中で、5つのリドルストーリーと、それぞれの結末文との組み合わせを主人公とともに探し求めていく。読み終わって振り返ると全体の構成が美しく、最終章はリドルストーリーの最後の一文に明確な答えを書かない事で、人間の感情や人生そのものをリドルストーリーと対比させる作品の締め方に、(良い意味で)やり場のない余韻が残る。重々しいが、少し埃っぽいノスタルジックな空気が好きな方にはおすすめだ。
第10位『犬はどこだ』
何か自営業を始めようと決めたとき、最初に思い浮かべたのはお好み焼き屋だった。しかしお好み焼き屋は支障があって叶わなかった。そこで調査事務所を開いた。この事務所“紺屋S&R”が想定している業務内容は、ただ一種類。犬だ。犬捜しをするのだ。それなのに、開業した途端舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、このふたつはなぜか微妙にクロスして―いったいこの事件の全体像は?犬捜し専門(希望)、二十五歳の私立探偵・紺屋、最初の事件。『さよなら妖精』で賞賛を浴びた著者が新境地に挑んだ青春私立探偵小説。
感想・紹介
犬探し専用の調査会社をはじめた紺屋が予期せぬ事件に巻き込まれていく作品。柔らかい印象のタイトルで、さらに私立探偵で仕事内容も犬探し。そして、読みやすい文章で描かれているので、てっきりほんわかな探偵ものかと思いきや、想像よりもダークで後味の悪い名作。
特に中盤から後半に向けての盛り上がり方がとても面白い。最終的に事件の真相が暴かれた後の米澤穂信独特の「苦味」が例に洩れず存在するが、個人的にはその「苦味」が好きで、読後感をより深みのあるものに変えていると思う。ちなみに、一応本作は〈S&R〉シリーズの1作目として位置づけられているそうな…。他には出てないのにね。 変なの。
第9位『リカーシブル』
越野ハルカ。父の失踪により母親の故郷である坂牧市に越してきた少女は、母と弟とともに過疎化が進む地方都市での生活を始めた。たが、町では高速道路誘致運動の闇と未来視にまつわる伝承が入り組み、不穏な空気が漂い出す。そんな中、弟サトルの言動をなぞるかのような事件が相次ぎ……。大人たちの矛盾と、自分が進むべき道。十代の切なさと成長を描く、心突き刺す青春ミステリ。
感想・紹介
父が失踪し、義理の母、弟と共に地方生活を始めたハルカの物語。排他的な町で伝わるタマナヒメの伝承や、家族間での避けられない問題ごと、さらには学校内のヒエラルキーなどに向き合わないといけないハルカは中学生としては大人びすぎている気もするが、逆にその大人びた内面描写の痛々しさこそが、この作品のおすすめしたいポイントかもしれない。
特にママと離婚届を挟んで話している場面の世界の歪み方はこの上なく残酷でえげつない。逆境を乗り越える前にやってくる逆境の果てに垣間見えるハルカの成長の兆しが唯一の救いなのかもしれない。もちろん、伝説の謎部分の魅力も素晴らしいのでぜひ。
第8位『インシテミル』
「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった―。いま注目の俊英が放つ新感覚ミステリー登場。
感想・紹介
米澤作品では珍しいクローズドサークルのデスゲーム。タイトルのインシテミルとは “淫してみる”のこと。つまり “物事に熱中する、没頭する” という意味を持つので、隔離施設内で人がどんどん殺されていく展開は、文字通りフーダニット(犯人当て)に没頭できる舞台が整っている。
また途中で主人公が隔離される珍しい展開があることで、やや俯瞰でとらえたメタな視点を感じることが出来るのは、この作品を少し特殊な感覚で味わえる良い特徴だと思っている。本格ミステリーとして読むというよりも、ミステリー好きの人間が一歩離れて読むことでさらに面白さを感じられる作品だ。 そこまで精神的に辛くなる作品ではないので、米澤穂信初心者に読んでほしい作品でもある。
第7位『春期限定いちごタルト事件』
※小市民シリーズ
小鳩君と小佐内さんは、恋愛関係にも依存関係にもないが互恵関係にある高校一年生。きょうも二人は手に手を取って清く慎ましい小市民を目指す。それなのに、二人の前には頻繁に謎が現れる。名探偵面などして目立ちたくないのに、なぜか謎を解く必要に迫られてしまう小鳩君は、果たしてあの小市民の星を掴み取ることができるのか?新鋭が放つライトな探偵物語、文庫書き下ろし。
感想・紹介
推理が大好きな小鳩君と復讐大好きな小佐内さんの二人が小市民として過ごそうとする『小市民シリーズ』第一作。二人の性格に若干痛々しさを感じるものの、軽いタッチの日常の謎なのでサクサク読めるのが特徴。また表題作である「春期限定いちごタルト事件」が各章に断片的に入れ込まれていて、話が綺麗にまとめあげている印象を受ける初期の名作。ちなみに続編として『夏期限定トロピカルパフェ事件』と『秋期限定栗きんとん事件(上下)』が発売されている。
『夏期限定トロピカルパフェ事件』
『秋期限定栗きんとん事件(上下)』
どちらも各章ごとの小さな謎解きに加え、最後まで読むことで小さな違和感の伏線を見事に回収をしていたり、二人の距離感に微妙な変化と苦味が加わっており、甘ったるい題名とは違いビターな読書感覚を味わうことになる。どちらも文体は軽いが、内容は素晴らしいので軽んじてはいけない。『冬季限定〇〇』もいずれ発売されるとのことなので今から楽しみだ。
+アルファ『ボトルネック』
恋人を弔うため東尋坊に来ていた僕は、強い眩暈に襲われ、そのまま崖下へ落ちてしまった。―はずだった。ところが、気づけば見慣れた金沢の街中にいる。不可解な想いを胸に自宅へ戻ると、存在しないはずの「姉」に出迎えられた。どうやらここは、「僕の産まれなかった世界」らしい。
感想・紹介
米澤作品の中でも個人的キングオブ胸くそ小説。主人公・リョウが自らが生まれなかった仮想世界に迷い込んでしまうのだが、その仮想世界の方が実際の世界よりも、皆が幸せになっているという絶望的な事実を突きつけられるという話。
自分という存在そのものを世界から拒絶されている事実に心がとにかく沈む。ラストでは海を目の前にして開けている場所のハズなのに、逃げ道のない圧倒的な閉塞感があり、絶望と破滅への道が決定した事すら安心感を感じてしまうほどだった。救いの無さすぎるので、読まれるかたは本当に注意して欲しい、笑。
第6位『さよなら妖精』
※ベルーフシリーズ
一九九一年四月。雨宿りをするひとりの少女との偶然の出会いが、謎に満ちた日々への扉を開けた。遠い国からはるばるおれたちの街にやって来た少女、マーヤ。彼女と過ごす、謎に満ちた日常。そして彼女が帰国した後、おれたちの最大の謎解きが始まる。覗き込んでくる目、カールがかった黒髪、白い首筋、『哲学的意味がありますか?』、そして紫陽花。謎を解く鍵は記憶のなかに――。忘れ難い余韻をもたらす、出会いと祈りの物語。気鋭の新人が贈る清新な力作。
感想・紹介
2006年6月・2016年10月文庫発売。海外からやってきた美少女マーヤと過ごした青春の1ページを爽やかに描く作品…かと思いきや、彼女が帰国したあとに作品の空気がガラリと変わるシリアスな苦味の強い青春小説。
一応、日常の謎に分類される作品ではあるものの、かなり異色のミステリーになっているのは特徴のひとつ。また、マーヤを通じて日本とは違う文化と世界に触れ、その衝撃から自分の歩むべき方向性を見つける主人公・路行が、ラストで沈みきった自らの感情を上方修正せずに終わる所が、とても米澤作品的で読後感はかなり悪い。
第5位『氷菓』
※氷菓シリーズ
いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実―。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ登場!第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞。
感想・紹介
省エネ主義の折木奉太郎が、好奇心旺盛な千反田えるの叔父の謎と古典部の文集『氷菓』について調べる物語。同時に日常の謎も解き明かしていくのだが、学生が実際に経験する謎としては絶妙なレベルの謎解きなのが凄い。登場人物たちの性格や言動を読んでいると、ちょっと気恥しくなってしまう部分はあるが、推理やストーリーについてはデビュー作とは思えないレベルなのでぜひ手に取ってみて欲しい。
文章は読み易く、柔らかいタッチのミステリーなので疲れないので、中高生にもおすすめでき、タイトル『氷菓』の意味も読み終わることで納得できるのもなかなか素晴らしい。あと、えるたそ可愛い。
ちなみにこのシリーズは人気があるので続編も多く刊行されている。ちょっとだけ紹介。
『愚者のエンドロール』
アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』をモチーフにした多重解決推理合戦。文化祭の為に作成された映画の結末を主人公たちが推理していくのだが、主人公の奉太郎の優秀さと、思春期の万能感が否定される苦味のバランスが絶妙な作品。姉とのチャットを含めて一番好きかもしれない作品。
『クドリャフカの順番』
文化祭で作りすぎた文集を売っていくという、学生らしさ全開な話。また、ご都合主義な”わらしべ長者”展開がある為か、苦味は前二作に比べてソフトで平和な印象を受ける。奉太郎以外の視点から味わう青春の切なさはあるものの、米澤作品の中では比較的爽やかな読後感を味わえる珍しい作品。
『遠まわりする雛』
前三作の長編の間を補完する形の短編集。印象的にはサイドストーリーと言っていいかもしれない。読み手としては知っていたが、表題作「遠まわりする雛」でようやく奉太郎が、自身の”ある感情”に気が付いてしまうので、続編が楽しみになってしまう。
『ふたりの距離の概算』
マラソン大会中に回想していく構成も、タイトルと物語の繋がりも素晴らしい作品だった。今までは省エネ主義が先行していたが、人とのつながりを面倒と思いつつも一歩踏み込むようになった奉太郎の変化に、時間の経過を感じる事が出来る良作。タイトルだけ見るとちょっと恋愛的に見えるが全く恋愛要素はないので注意。
『いまさら翼といわれても』
視点が変わりつつ展開していく日常の謎の短編集。大きな謎というよりも古典部のメンバーの人間関係を補強していくような小編が続くので、摩耶花が奉太郎に対してなぜあんなに厳しかったのか、なぜ奉太郎が省エネ主義になったのかなどが明らかになる。千反田えるが中心にいる表題作の『いまさら翼といわれても』は果てしなく辛く悲しい気持ちで溢れてしまうので、ぜひ発売順に古典部シリーズを読むことをすすめたい。
第4位『儚い羊たちの祝宴』
夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。
感想・紹介
ミステリーなのか、ホラーと呼ぶべきか思わず悩んでしまうほど暗く湿った空気をまとった怪作。編集者が考えた「ラスト1行で世界が反転する」というキャッチコピーのせいでハードルが上がってしまっているが、冷静に読めば、それぞれとてもハイレベルな短編集になっている。
作品の特徴は二つ。文字から香り立ってくる暗く湿った匂いと鮮やかなどんでんがえしで、どちらも堪らなく心をくすぐってくれる。特に醸し出されるジメジメした空気感は、この作品特有の存在感をもって読者を楽しませてくれる。
個人的おすすめ小編は『山荘秘聞』と『玉野五十鈴の誉れ』で、どちらの作品も良い結末とも悪い結末ともとれるので、ぜひ手にとって自分なりの結末を探してみてほしい。
第3位『折れた竜骨』
ロンドンから出帆し、波高き北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナはある日、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた…。自然の要塞であったはずの島で暗殺騎士の魔術に斃れた父、“走狗”候補の八人の容疑者、いずれ劣らぬ怪しげな傭兵たち、沈められた封印の鐘、鍵のかかった塔上の牢から忽然と消えた不死の青年―そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ?魔術や呪いが跋扈する世界の中で、「推理」の力は果たして真相に辿り着くことができるのか?現在最も注目を集める俊英が新境地に挑んだ、魔術と剣と謎解きの巨編登場。
感想・紹介
一風変わったファンタジー推理小説。SF的要素を盛り込んだミステリー小説というと西澤保彦を思い浮かべるかもしれないが、この作品の方がよりファンタジー色が強く、独自の世界観を見事に成立させている。
何よりも素晴らしいのは、推理とファンタジーのバランスが絶妙であること。作品の特徴であるファンタジーの世界観を壊さず、それでいて論理的に正解を導く事が出来るように描かれているので、米澤穂信の物書きとしての力量を感じさせてくれるのだ。
ちなみに探偵が皆を呼んで謎解きを披露することを、作中で「儀式(セレモニー)」と呼ぶのだが、メタな視点の遊び心を感じてニヤリとしてしまう。推理小説ファンはぜひ読んでおきたい作品だ。
第2位『満願』
人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは―。驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、交番勤務の警官や在外ビジネスマン、美しき中学生姉妹、フリーライターなどが遭遇する6つの奇妙な事件。入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジックで魅せる、ミステリ短篇集の新たな傑作誕生。
感想・紹介
山本周五郎賞受賞、このミス第1位など、多くのミステリー賞を受賞した傑作短編集。印象的には『儚い羊たちの祝宴』に近いものがあるが、『満願』の方が作品ごとの深みが増しているように思える。どの作品も薄暗い雰囲気を醸し出しているが、その雰囲気だけに頼るのではなく、最終的にどの作品にも秀逸なオチと哀愁を感じさせる読後感を味わえるのは流石の一言。
表題作にあたる『満願』は、作中の空気が一番好きだったので、ぜひ長編で読んでみたいと願ってしまうほどの作品だ。どの作品も面白いので作品自体に優劣はないが、強いて好みの作品を挙げるとするならば、『柘榴』と『関守』は読んでもらいたい。どちらも作品の世界に引きずり込まれてしまうような不気味さと魅力を備えた傑作だと思う。
第1位『王とサーカス』
二〇〇一年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり…。「この男は、わたしのために殺されたのか?あるいは―」疑問と苦悩の果てに、太刀洗が辿り着いた痛切な真実とは?『さよなら妖精』の出来事から十年の時を経て、太刀洗万智は異邦でふたたび、自らの人生をも左右するような大事件に遭遇する。二〇〇一年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクションにして、米澤ミステリの記念碑的傑作!
感想・紹介
週刊文春ミステリーベスト10にて1位。『さよなら妖精』に登場していた太刀洗万智(たちあらい まち)を探偵役に据えた〈ベルーフ〉シリーズの長編。実際に起きたネパール王宮事件を題材に、不安定な情勢の最中ジャーナリズム精神とは何かを考えさせられる素晴らしい名作で、全体的に緊迫感があり特に中盤から後半にかけてたたみ掛けるような展開は見事。
最後のどんでん返しも鮮やかで、謎が解明されても決して根本の問題が解決したわけではないというこの苦々しい感じもThe米澤作品といった印象で個人的にとても良い。さよなら妖精との繋がりは薄いが、過去の出来事を知っていた方が彼女の行動原理が理解できるので出来れば先に読んでおいた方が望ましい。以前の作品でイメージしていた万智よりも人間味と強さに溢れた人物像に好感を持つはずだ。決して明るいわけではなく、非常にシリアスな作品なので、読むときは腹を据えて臨んで欲しい重厚な一冊となっている。
『真実の10メートル手前』
最後に
いかがだっただろうか?
米澤穂信の作品を並べてみるとミステリーとしての完成度の高さと、作品からにじみ出てくる“苦味”が独特の世界観を生み出していることに改めて気が付く。楽しい気分を味わうことだけが、小説の魅力ではないことを米澤作品は教えてくれる。
興味がわいた作品があれば、ぜひ手に取ってみてほしい。
*1:リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリーである。–wikipediaより引用-