村田沙耶香『地球星人』感想文|常識がゆがんでトランス状態になってしまう”らしさ全開”の狂気小説

  • 2021年7月1日

村田沙耶香『地球星人』を読んだ。

この作品は『コンビニ人間』が第155回芥川賞を受賞したあとに出版された初めての作品となる。

created by Rinker
¥660(2024/04/23 21:26:48時点 楽天市場調べ-詳細)

ある意味、『コンビニ人間』という作品は他の村田沙耶香作品に比べて、性描写や暴力描写はおとなしい一般的な作品だった。

現代社会における”普通”という考え方が、いかに排除的で異常なことであるかを怪物的主人公の目線で描いていたが、作中には青少年に読ませられないような性描写はなかったし、血肉が飛び交うような暴力描写も控えられていた。

対して今作『地球星人』は過激にして苛烈だ。

子供同士の性描写や、主人公に対する性的な虐待。

物語が進んでいけば猟奇殺人も起こるし、最終的にはカニバリズム(と呼ぶべきなのかは疑問だが)といった多くの刺激的な要素がこれでもかというほど詰まっている強烈な作品になっている。

今回はそんな強烈な村田沙耶香『地球星人』のネタバレ感想を書いてみたいと思う。

地球星人 

created by Rinker
¥737(2024/04/24 03:23:00時点 楽天市場調べ-詳細)

私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう―。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂!(引用|amazon)

スポンサーリンク

ストーリーと感想

姉ばかりをえこひいきする両親のいる家庭で育ち、塾の講師に性的な悪戯をされたり、そのことを母親に伝えても信用してもらえないという、とても正常とは言えないような環境で育った主人公の奈月

ツラい環境の中、現実逃避の為に自分の事を魔法少女だと思い込もうとする奈月の心情が描かれている場面はかなりキツい。

魔法、魔法、魔法を使わなくては。暗闇の魔法、風の魔法、何でもいいから魔法を使わなくては。私の心が何かを感じる前に、全身に魔法をかけてしまわなくては。(作中より引用)

虐待されている人間が自分ではないと思い込むという精神分裂病の一歩手前のような心境を想うと胸が痛くなる。

正常とは言いがたい精神状態のまま奈月は、自分が生きる社会のことを「工場」と呼び、自分たちが住む家の事を「巣」と呼び、子供を産んで育てることを「生産」と呼びながら社会を観察する。

そんな奈月が唯一心を許しているのは、親戚の集まりでだけ会えるいとこの由宇くんだ。

彼は自身の事を”ポハピピンポポピア星人”だといい、帰るための宇宙船を探しているという。

明記されてないものの、由宇くんもおそらく何かしらの虐待を受けていて、現実逃避をしているように思う。

お互いに似た雰囲気を感じ取っていたであろう二人は、精神的に依存し合い恋人となり祖父の墓の前で身体を重ねるが、その行為を親戚一同に見つかり離れ離れになってしまう。

精神的な支柱を失った奈月は、表面上は「工場」のルールに従って生きているが、自分の事を「工場」に洗脳されそこなった存在だと思って生きることとなる。

大人になった奈月は「工場」で生きやすくするために、性的交渉を一切持たない夫を見つけて偽装結婚する。

二人は夫婦を装いながら幸せに暮らしているが、夫が会社を解雇されたことをキッカケに、親戚の集まりに使われていた屋敷に今も住んでいる由宇の元に夫と共に移り住み三人で暮らし始める。

社会になれて一般感覚を得てい由宇も二人と暮らし始めたことで、徐々に自らの常識が崩壊していき、最終的に三人は”ポハピピンポポピア星人”として、地球星人とは異なった暮らしをしていくことになる

ツラい現実から逃避するために自らをポハピピンポポピア星人だと思い込み、社会の常識や価値観から乖離していく主人公たちの姿は強烈なメッセージを発している。

「工場」のルール

作中にはこんな一文がある。

子供のころ、漠然と想像していたように自然に「工場」の一部になることはなく、私たちはまさに親戚や友人、近所に住む人間の目をすり抜けていた。

皆、「工場」を信じ、「工場」に洗脳され、従っている。身体の中の臓器を工場のために使い、工場のために労働している。

夫と私は、「ちゃんと洗脳してもらえなかった人」たちだった。

洗脳されそびれた人は、「工場」から排除されないように演じ続けるしかない。(作中より引用)

あえて説明するのも無粋だが、工場とは社会の事だ。

その社会の常識を受け入れられない人間にとっては、演じることで社会に溶け込むしかない。

  • 子供はまだ生まないのか?
  • 結婚はしないのか?
  • 働かないのか?

それらの社会常識と呼ばれる行為を行っていないことを糾弾する風潮は、確かに存在しており、そんなことを押し付けられるのは面倒くさい。

自分はただ生きているだけなのに、周囲の人間たちが「工場」でのルールを押し付けてくることで人生がとにかく窮屈になってしまう感覚というのはわかる気がする。

また、社会は”自立すること”と”子供を産むこと”を重視しているのはその通りではあるものの、「工場」「生産」といった言葉の表現を変える事で、ガラリと違った印象を受けるようになるのは驚くべきことかもしれない

一歩離れた冷静な目で「工場」を見ることを作中では「宇宙人の目」と表現していて、それはあくまでも空想上の目ではあるが、感覚的には世界中を旅した人間が持つ「グローバルな目」とも言える。

主人公たちが海外で暮らしていればもう少し違った受け入れられ方をしたのかもしれないと少しだけ残念に思う。

スポンサーリンク

恋をするシステム

周りからの常識の押し付けで特に気持ち悪かったのは、性交渉がない偽装の夫婦であることが周囲にばれた時に説得してくるこの場面だ。

「夫婦はさ、『仲良し』をして初めて本物の夫婦って呼べるんだと思うよ?」

なぜ急に、地球星人たちはセックスの事を「仲良し」と言い始めたのだろう。

地球星人の間で言葉は伝染するのかもしれなかった。

「あのさあ、このまま『仲良し』できないなら、別れたほうがいいと思うよ。お互いのため。異常だもん、『仲良し』をしない夫婦だなんて」

(作中より引用)

性交渉の事を「仲良し」と呼びながらそれを強要してくる様子がとにかく気持ち悪い。

そういった関係性がマジョリティで常識だからと踏み込んでくる様子の異常性が見事に表現されていると思う。

また、恋愛であり結婚であり「仲良し」といったものが、常識として蔓延している理由に納得がいった文章もあった。

クリスマスが近い季節でツリーを見た時のこの言葉。

世界は恋をするシステムになっている。恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。

システムが先なのか、恋が先なのか、私にはわからなかった。

地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作り上げたのだろう、ということだけは理解できた。

(作中より引用)

確かに、この世界は工場で働くか、繁殖するために恋をするものばかりで出来ている。

たまごが先かニワトリが先かという部分はあるにせよ、今の社会が、そのように出来ていることについては深く納得できる文章だったと思う。

常識について

この作品が常識をぶっ壊す作品であることは間違いないのだが、力技で壊している訳ではなく、読んでいると思わずうなずきたくなってしまうような論理性も持ち合わせているところは間違いない。

ある種の正当性があるのだ。

常識に守られると、人は誰かを裁くようになる。

(作中より引用)

『コンビニ人間』でも似たような表現があったが、常識という大きな後ろ盾を得た人は、他人を攻める権利があると思い込んでいることが多い。

これは指摘されないと意識も出来ない感覚かもしれない。

常識なんていうものはただの感染病のようなもので、絶対的な価値ではないのにそれに振り回されてしまうのはもしかすると恥ずかしいことなのかもしれない。

最後には今までの社会の常識の外側へ進み、合理性を追求し地球星人を食料として食べ始める主人公たちを読んでいたら頭がおかしくなりそうだった。

常識を壊すのは勝手だが、食料にしてしまったら地球星人も反撃に出るのは当たり前で、最後には破滅が三人を飲み込んでいったに違いない。

ちなみに、思考の連続が描かれてそれが一般的な感覚からすると歪んでいる(歪んでいく?)描写の果てに破滅・開放が待っている展開は、同じく村田作品である『ギンイロノウタ』に近い印象を受けた。

人にはとても勧められないけれど、これぞ村田沙耶香だと思えるぶっとんだ作品を読めたことは喜ばしいことだ。

最後に

村田沙耶香の作品を読み終えると、いつも自分の生きる世界が薄っぺらく、そして不安定に見えてしまう。

作品内で描かれているような世界に行きたいわけではないのだが、おそらく、自分たちが当たり前のように守っているルールや常識、共通観念がいかに脆弱であるかを突き付けられて、急に恐ろしくなるからなのだと思っている。

社会の共通観念を無視して、湧き上がる衝動や合理性のみを自分の常識として生きていくということは困難だが、ある意味で生物の本質的な生き方ともいえる。

この主人公のように社会という名の工場を冷静に見つめてしまう感覚合理性を追求する感覚も、僕は正直、少しだけ理解できてしまうところがある。

だから僕は「地球星人」を酒を飲みながら黙々と読んでいて、主人公に感情移入しつつ興奮や嫌悪感が混じり合ったゴチャゴチャの状態で一気に読み切ってしまった。

後半はもう頭の中が整理できず、文字がイメージとなって濁流のように頭の中に流れてくる状態をそのまま受け入れつづけるような暴力的な読書をしてしまった。

これは珍しい読書体験だった。こういうのをトランス状態と呼ぶのかもしれない。

ただ、村田作品に傾倒していくと自分が自分でなくなってしまいそうなので、バランスをとるために大量のエロ動画でも観て、サクッと寝てしまおうと今は思っている。

そういうのも地球星人には大切な時間なのだ。

created by Rinker
¥737(2024/04/24 03:23:00時点 楽天市場調べ-詳細)

スポンサーリンク