作品を100%楽しむためにはある程度の知識が必要だ。特に過去の作品をオマージュ、インスパイア、パクり行為をした作品を読むときには、そのオマージュ元になる作品を読んでおかないと作品を最高の状態で味わうことが出来ない。
そこで、非常に多くの作品にリスペクトされ、多くのオマージュ作品を生み出したアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』について書かせてもらおうかと思う。トンチンカンな事を書いていても初心者の戯言なので、お風呂ランドのローションと同じくらいの温かさで受け流していただきたい。
そして誰もいなくなった
世界的名作
本来ならば紹介するまでもなく「この作品面白いですよ」なんていったら逆に恥ずかしいレベルの世界的名作。そんな有名作だからこそクローズドサークル作品の中では、この作品を一番始めに紹介したい。
この作品以降の様々な作品で『そして誰もいなくなった』のオマージュが登場する。この作品は有名すぎる為、知っていることが前提で文章が書かれている事もあり、とりあえずこの作品を押さえておかないと、このあとの様々なクローズドサークル作品の楽しみが半減してしまうというとんでもない作品になっている。
そもそもクローズドサークルとは?
一応クローズドサークルの説明しておくと、要は金田一少年が旅行に行く度にほぼ100%の確率で遭遇する閉じ込められるアノ状態。
簡単にいえば、密閉された空間に殺人犯と閉じ込められる極限状態の事を言う。金田一少年はさっき簡単に数えただけで10回以上クローズドサークルに巻き込まれており、言わばクローズドサークルの匠と呼んでも良い存在だ。そして驚くべきは藤原竜也も真っ青な生存率。金田一少年の凄い点は推理力よりもサバイバル能力かもしれない。
作者にとっての利点は限定条件が作りやすいので物語が華やぐこと。閉じ込められているので連続殺人事件を創りやすいこと。通り魔的犯人の可能性を否定しやすく「犯人はこの中にいる!」ってのが作りやすいことなど、かなりの利点がある。また、読者にとっても、日常生活のなかで事件が起きるよりも逃げ場がない身近に恐怖があり、緊張感が沸くので読み手としてもスリリングとなる。
読み手にとっても書き手にとっても都合のいい存在がクローズドサークルといえる。そしてそのクローズドサークルの代表的作品が『そして誰もいなくなった』にあたる。
あらすじは?
『そして誰もいなくなった』のストーリーはとてもシンプルだ。
イギリスのインディアン島に、10人の男女が招かれ一人、また一人と殺されていくという内容。人が殺されるたびに10個のインディアン人形が減っていく事と、童謡「10人のインディアン」をなぞらえる殺害方法をとることで、暗示的でスリリングな展開にしている。孤島で閉じ込められているため、誰が犯人かわからない疑心暗鬼の中で物語は進んでいく。そして謎と驚きの結末が・・・。
古い作品なので、導入部分に若干の入りにくさがあるものの、中盤以降はシンプルでスピード感があり、初読の時は非常に盛り上がる。ただ、犯人当てなんて僕はまったく無理で、本当にサッパリわからなかった。これがおよそ80年前に書かれたのかと思うと改めて驚く内容になっている。
オマージュ作品
『そして誰もいなくなった』のどのような部分がオマージュされるのかを見ていこう。まずは見事なまでに完成されたこの美しい題名のオマージュが多く見られる。
『そして誰もいなくなる』今邑彩
名門女子校の式典の最中、演劇部による『そして誰もいなくなった』の舞台上で、服毒死する役の生徒が実際に死亡。上演は中断されたが、その後も部員たちが芝居の筋書き通りの順序と手段で殺されていく。次のターゲットは私!?部長の江島小雪は顧問の向坂典子とともに、姿なき犯人に立ち向かうが…。戦慄の本格ミステリー。(amazon引用)
題名のオマージュだが過去形でないパターン。内容的にも作中劇として『そして誰もいなくなった』が出てきたり、クローズドサークルではないが連続して殺人が起きたりと関わり合いが深い。序盤はややスローペースに進むが、中盤以降からは怒涛の展開が待っており非常に楽しめる。
ちなみに最後の手紙の独白は、オマージュ元への強い尊敬の念を感じて思わずニヤリとしてしまう。この作品を読むときは絶対に『そして誰もいなくなった』を読んでおくことを薦める。作者の今邑彩さんは、2013年にお亡くなりになったそうです。ご冥福をお祈りします。
『そして二人だけになった』森博嗣
全長4000メートルの海峡大橋を支える巨大なコンクリート塊。その内部に造られた「バルブ」と呼ばれる閉鎖空間に科学者、医師、建築家など6名が集まった。プログラムの異常により、海水に囲まれて完全な密室と化した「バルブ」内で、次々と起こる殺人。残された盲目の天才科学者と彼のアシスタントの運命は……。反転する世界、衝撃の結末。知的企みに満ちた森ワールド、ここに顕現。(amazon引用)
次に人数が変わっちゃうパターン。非常に大がかりな森さんのクローズドサークル。理系な『そして誰もいなくなった』といった所か。すさまじく面白い展開で進むのだが、ガッツリとミステリーだと思って読むと最後のほうで置いてけぼりを食ってしまう印象もあるので、森さんの作品に稀に見られる幻想的な雰囲気からくる解答も楽しめる方にはオススメ。もちろんカチッとした正解も導き出せる所はさすが。
『十角館の殺人』綾辻行人
十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の7人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける! 1987年の刊行以来、多くの読者に衝撃を与え続けた名作が新装改訂版で登場。(amazon引用)
また、話のテイストがそのままオマージュされていることもある。内容のオマージュ作品として、一番初めに出てくるのはこの作品ではないだろうか。孤島に訪れた男女が一人、また一人と殺されていく・・・というまんまの作品にもかかわらず、オマージュ元に肩を並べる面白さを誇る傑作。登場する人物たちが、推理作家にちなんだニックネームで呼ばれているところも推理小説好きからすると読んでいて楽しさを覚える。綾辻さんの館シリーズの1作目としても有名だ。
『獄門島』横溝正史
獄門島――江戸三百年を通じて流刑の地とされてきたこの島へ金田一耕助が渡ったのは、復員船の中で死んだ戦友、鬼頭千万太に遺言を託されたためであった。『三人の妹たちが殺される……おれの代わりに獄門島へ行ってくれ……』瀬戸内海に浮かぶ小島で網元として君臨する鬼頭家を訪れた金田一は、美しいが、どこか尋常でない三姉妹に会った。だが、その後、遺言通り悪夢のような連続殺人事件が! トリックを象徴する芭蕉の俳句。後世の推理作家に多大な影響を与え、今なお燦然と輝く、ミステリーの金字塔! !(amazon引用)
あとは、童謡「10人のインディアン」をなぞらえる殺害方法、いわゆる ” 見立て殺人 ” のオマージュなどはかなり昔から取り入れられている。日本なので、マザーグースの童謡ではなく俳句になぞらえて殺人が行われる。
映画の印象ではとにかく恐ろしいイメージの金田一耕助シリーズだが、読んでみると意外と冒険譚のようなワクワク感があるのでオススメ。金田一耕助の人柄の良さが心地よく、良い意味で柔らかく楽しめるはず。ちなみに見立て殺人は一種の心理トリックであり、読者はパブロフの犬のように調教されているとも言える。
『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』麻耶雄嵩
首なし死体が発見されたのは、雪が降り積もった夏の朝だった!20年前に死んだはずの美少女、和音の影がすべてを支配する不思議な和音島。なにもかもがミステリアスな孤島で起きた惨劇の真相とは?メルカトル鮎の一言がすべてを解決する。(amazon引用)
オマージュではないが、犯人の名前やそのトリックがそのまま比喩としてかかれるケースもある。この作品もクローズドサークルではあるのですが、主人公の烏有(うゆう)が犯人の可能性を考えているときに、
まさか、○○○ではあるまいし
と、自問自答するシーンがあり、この○○○に『そして誰もいなくなった』の犯人の名前が入る。これには「○○○が使ったトリックを使ったわけではあるまいし」という意味が込められている。つまり、犯人の名前を書けば、使われたトリックまで連想されて当然という前提で書かれている小説になる。
まさに『犯人はヤス』状態といえるのだが、それくらい知名度があるということだ。ちなみにこの作品は作中だけではほぼ物語の真相にはたどり着くのは難しいのではないかと思われる難しいミステリー。探偵メルカトル鮎シリーズなのに探偵は数ページしか登場しないという特殊作。
最後に
他にも、プロットを重視した、夏樹静子「そして誰かいなくなった」。児童書だが、はやみねかおる「そして五人がいなくなる」など他にもオマージュ作品は尽きない。きっとこれからも誕生するだろう。
このようにクローズドサークルものでは、『そして誰もいなくなった』からの引用が本当に多い。それだけこの作品が世界に与えた衝撃と感動の多さを示していると思うと、月並みな意見ではあるがアガサ・クリスティへの尊敬と敬愛を感じざるを得ない。
是非皆さんも『そして誰もいなくなった』を読んで、オマージュされた作品を何倍も楽しみながら味わってもらいたい。