選手としても監督として好績を残した落合博満の名言集をご紹介。
▼落合博満
落合博満は秋田県に1953年12月9日に生まれ、高校時代野球部では通算7回も入退部を繰り返していた。その後社会人野球チーム東芝府中に加わる。その後才能が開花し25歳という遅い時期ではありますが、ロッテに氏名獲得されプロ入りを果たします。プロ選手としてはロッテと中日、巨人、日本ハムで活躍。三冠王や連続首位打者、得点圏打率.492などは今も日本記録として破られていない。プロ選手から解説者を経て中日の監督に就任する。就任1年目で日本1は逃すもののリーグ優勝。2007年クライマックスシリーズに出場し日本1になります。2011年、日本シリーズに出場するもソフトバンクに敗れ監督を退任しました。
▼落合博満の名言
俺流
どんなにいいヒントを貰っても、それを実行しなければ成果は上がってこない。
40本塁打してくれる大砲が貴重な戦力なら、送りバントを100パーセント決めてくれる選手も大切な戦力だ。
基本に忠実に、普通のことを普通にさせた。見る方はつまらないかもしれないが、それが上達の一番の近道
当てられたのに何でやり返さない、と言われることもある。やり返すことは簡単なことだが、野球は勝ち負けを競うスポーツ。当たり所が悪ければ死の恐怖がつきまとう。うちの選手を痛みを与える側にはさせたくない。狙ってぶつけにいく野球をやっている人がいるなんて信じたくない
いいバッターでも3割しか成功しないんだから。その辺を考えてくれればな。
中村紀洋がまた野球界でできる、その手助けができればということで入れた。他で欲しいという所があった時点で、ウチの役割が終わったのかなと。もう一回野球小僧になって野球をやってくれればいい。驕らずにね。
俺、負けたからっていちいちしょげていないからな。
自分の好き嫌いで選手を使ってはダメ。自分で自分のクビを絞めることになる。勝負は勝たなくてはいけない。勝たなきゃみんな納得しないでしょ。
人間がやること。何でスーパーマンみたいなことを期待するかなあ。
監督の私がすべてのことに首を突っ込むわけにはいかない部分もある。だからこそ、私が信頼して任せられるだけの人材を妥協せずに集めたい。
プロは一生懸命やるのが仕事じゃない。結果を残すのが仕事。アマじゃないんだから。生活をかけてやってるんだ。でもその責任が誰にあるのかって言えば監督。監督が(メンバー表に)名前を書かないと選手は出られないんだから。
現実的には無理だとわかっていようが、「うちは優勝を狙います。それだけの戦力はある」と外に対して言えるのが、真の指導者なのだ。
本当にその選手を育てたいと思ったら、「負けるなら負けてもいい。この試合はおまえに任せた」と言ってやるのが大切。
欠点を直すこと、それはよい部分が失われることでもある。
最終的にこうなってくれればいいという形を示し、その人にあったやりやすい方法を探す。方法論は何も一つだけではない。
マスコミ向けの練習をするつもりは、さらさらない。
代打で始まった俺の野球人生。最後も代打で終わりたい。
素振りを1本でも多くやったヤツが、勝つ世界。
働き場を与えれば人は動く。
欠点を直すこと、それはよい部分が失われることでもある。
志の低い人間は、それよりさらに低い実績しか挙げられない。
天才バッター?今は前田ひとり、イチローでも松井でもない。
「獲りたい」などと言っていてはだめ。「獲る」と決めれば取れる。
野球がうまくなるヒントは、なんぼでもその辺に落ちている。
打率だけ狙うなら4割を打つのは簡単だ。でも3つ全部取らなきゃ意味がないから。。
いいんじゃない、うんと苦しめば。そんな簡単な世界じゃないよ。
壁にぶち当たった時に、自分のやってきたことを否定してしまうとすべてがスタートに戻ってしまう。
私は『落合・中日』ではなく『中日の落合監督』だと思っています。あくまで主役は選手達です
悪いとわかっていても、人間がどうしても捨てられないものに先入観がある。
自分のベンチで監督と戦ってもしょうがない。選手達には『戦う相手を間違えるなよ』と言っている
信じて投げて打たれたのなら、それは結果。一番いけないのは、やる前から打たれたらどうしようと考えること。
精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。
罵声をあびるのは監督だけで十分。
俺、次打ちますから。
良い時も、悪い時も同じ態度で接してくれた人だけ信じられんだ、そういう人と一生つきあっていきたい。