中田永一『くちびるに歌を』感想文:音楽と小説がミックスアップする苦くて甘い青春物語

  • 2021年6月30日

くちびるに歌を持て。

勇気を失うな。

心に太陽を持て。

そうすりゃ、なんだってふっ飛んでしまう。

これはドイツの詩人、ツェーザル・フライシュレンの詩の一節だ。なんとも力強い歌詞だ。

「苦しい時には心にいつも太陽を持ち勇気を失わずに歌を口ずさめ!」

なんだかブルーハーツのように励ましてくれる力強い詩で、僕はとても好きだ。そして、タイトルにこの詩の一文を引用した作品がある。

中田永一さんの『くちびるに歌を』という作品だ。中田永一さんの作品って初めてだなぁ・・・なんて思っていたら乙一さんの別ペンネームだった。作風があまりにも違うので普通に驚いてしまった。

映画化もされており有名な作品ではあるが、実際に読んでみたら素晴らしい作品だったので、今回はその作品の紹介をしていきたい。

くちびるに歌を

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あらすじ

長崎県五島列島のある中学合唱部が物語の舞台。合唱部顧問の音楽教師・松山先生は、産休に入るため、中学時代の同級生で東京の音大に進んだ柏木に、1年間の期限付きで合唱部の指導を依頼する。それまでは、女子合唱部員しかいなかったが、美人の柏木先生に魅せられ、男子生徒が多数入部。ほどなくして練習にまじめに打ち込まない男子部員と女子部員の対立が激化する。一方で、柏木先生は、Nコン(NHK全国学校音楽コンクール)の課題曲「手紙~拝啓 十五の君へ~」にちなみ、十五年後の自分に向けて手紙を書くよう、部員たちに宿題を課していた。提出は義務づけていなかったこともあってか、彼らの書いた手紙には、誰にもいえない、等身大の秘密が綴られていた–。
(引用:amazon)

中学生のNコン(NHK全国学校音楽コンクール)の物語なのだが、全国に行くぞ!とか日本一になるぞ!というようなスポ根的な合唱の物語ではなく、悩みを持った二人の生徒、気弱な桑原サトルと男性嫌いの仲村ナズナの視点を中心にした中学生活と合唱部の話になっている。

十五年後の自分に向けてて書かれた手紙が章の間にのっているので、読者は登場人物たちの本音や内面に抱えている葛藤を知りながら読んでいけるので、中学生の彼らに寄り添うような感情で読んでいける所が魅力として挙げられる。

感想

素晴らしいのは、良い意味でどこにでもあるような設定や展開なのに、中学生の心理描写や章の間に生徒たちの手紙を載せるというプロットの組み方などで新しく魅力的に表現しているところだ。

語り手の2人、桑原サトルと仲村ナズナの抱えている悩みは中学生の彼らの努力でどうにかなるものではなく、受け入れて進んでいくしかない類の悩みだ。等身大の中学生が抱えるには少しだけ重い悩みと、その悩みが間接的に他人に受け入れられることで心情が変化していく様は、不思議な清涼感を覚える。

また、産休に入る松山先生、代わりに赴任してきた柏木先生、他にも主人公たちの周囲の仲間たちである長谷川コトミや向井ケイスケなどの登場人物にもそれぞれのバックボーンが見える所は作者の技量だと思う。

後記するが、Nコンの課題曲の「手紙-拝啓、一五の君へ-」の歌詞も悩みを抱える彼らの背中をそっと押してあげているように感じるので物語とのマッチングが素晴らしいと思う。

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桑原サトルの視点

僕はこの作品から多くの魅力を引き出しているのは桑原サトルの存在だと思っている。

はじめの頃、サトルは”ぼっち上級者”で、それを上手く表現している描写がある。合唱部の長谷川コトミについてサトルが持っている思い出が、

中学一年のとき、授業中に消しゴムをひろってもらったことがある。

という1点だけというボッチエピソード。

消しゴムをひろってもらったことをいちいち覚えているなんて、どれだけ人との思い出が少ないのだろうか。そんな風に一文でサトルの“ぼっち上級者”を表現しいる。

しかし、物語が進むと、その消しゴムをひろってもらった瞬間は、印象的な出来事と共に、サトルがコトミに恋をした瞬間であることがわかる。つまり一つの文章が、ぼっちと初恋の瞬間の両方を効果的に表現していたことになる。

サトルの視点ではこういった、初めからは語られない本人の心情がいくつか出てくる。特にサトルの手紙は他の子供たちの手紙とは違い、胸を締め付ける心の叫びが見られる。巻末の開設でねじめ正一さんもサトルの手紙について触れている。

未来の自分に書く手紙とは、じつは未来の自分から今の自分への問いかけである。
~中略~
自分に問いかけることは自分を見つめること。自分を見つめることは他者から切り離されてひとりぼっちになることである。いつも一人でいる「ぼっち」桑原サトルが未来の自分にあてて書いた手紙がことさら胸を打つのは、「自分を見つめることに慣れてしまった子ども」というありようがあまりにも切ないからであろう。

桑原サトルの自己分析の高さとは1人でいる事寂しさについては素晴らしい考察だと思う。

爽やかさの溢れる作品なのに、青春時代の不安定感も感じられるのは、晒されるサトルの内面が物語を切なく彩っているからなのではないだろうか。

『手紙~拝啓十五の君へ~』

この作品を上質な作品へと昇華させている存在として、作詞作曲アンジェラ・アキさんの『手紙~拝啓十五の君へ~』という歌の存在がある。

説明するまでもない有名曲だが、一応歌詞の構成だけ説明すると、

1番15歳の自分から未来の自分へのメッセージ。

2番未来の自分から15歳の自分へのメッセージになっている。

僕はこの歌詞が作品の中では、

1番生徒たちが未来の自分へ。
2番様々な経験をしてきた柏木先生から生徒たちへ向けたメッセージにも読み取れる気がする。

また、内容も幅広い解釈が出来る歌詞で素敵な表現も多い。サビの一部分を引用させてもらうが、

ひとつしかないこの胸が何度もばらばらに割れて

苦しい中で今を生きている

という歌詞。それと対比される2番の歌詞が、

大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど

苦くて甘い今を生きている

という歌詞になっている。

アンジェラ・アキさんの歌詞の中でも、僕はこの『苦くて甘い今』という表現が特に好きだ。

子供の僕が苦しくて苦しくて逃げ場がない中で、ただ耐えて今を生きているのに対して、同じように苦しむことはあるけれど、大人になった今は当時の逃げ場のない自分よりも少し自由で少し甘い時もあるから。だから今の自分を信じて負けないで欲しいという、優しさに包まれた応援の気持ちが感じられる。

歌詞だけを読んでこれほど涙腺が熱くなる歌はそう多くない。この感想文を書いている時に何度も聞きなおしたが、号泣してしまいそうになって大変だった笑。

映画

映画は新垣結衣さんが柏木先生役で主演している。

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原作小説ではあくまでも主役は中学生だったが、商業的にも新垣さんにスポットを当てる方が良いのか、映画ではガッキーが前面に出まくっている印象だった。

でも、ぶっきらぼうな感じが良く出てた気もするのでこれでいいのでしょう。かわいいし笑。あと、他のキャストで木村文乃さんも出ている。かわいいよ文乃かわいいよ

混声合唱は2番の頭がしっかりと男声で入る演出もなされており、原作ファンにも嬉しい作りになっていたのではないだろうか。

最後に

最近、こういったストレートな話を真正面から受けると、そのままストレートに感動してしまう。

これが俗にいう「年齢が上がると涙腺が弱くなるというやつ」なのかもしれない。みんな幸せになってくれればいいな。みんなが笑顔になってくれればいいな。そんな風に素直に思えるようになっている自分になっている。

もちろん『みんな』には含まれないタン壺便器みたいなクズが世の中には溢れているので、その辺は除いた話ではあるのだが。

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