ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ の名言集をご紹介!
▼ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
1749年、ドイツ中部で裕福な家庭に生を授かりました。父親が教育に熱心でゲーテは3歳の頃から初等教育を受けに幼稚園に通っていた。
その後も家に様々な家庭教師を呼びゲーテや兄弟達を教育しました。そのおかげかゲーテは少年時代から語学に堪能しており、英語、フランス語、イタリア語、ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語を習得していた。ゲーテはこの頃から文学に興味があったのだが、父親の意向で大学は法学部に入学。
しかし、法学には興味がなく全く身が入らなかったそうです。その後、父親の意向とは裏腹に文学の世界へと身を投じていく事になります。
▼ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言
鉄の忍耐、石の辛抱。
人間のあやまちこそ人間をほんとうに愛すべきものにする。
太陽が照れば塵も輝く。
人生で重要なのは生きることで、生きた結果ではない。
恋人の欠点を美徳と思えないようなものは恋しているとはいえない。
人間は努力しなければならないが、その故に失敗もするものだ。
空気と光と、そそいて友だちの愛、これだけが残ってれば、気を落とすことはない。
高尚なる男性は、女性の忠告によって、いっそう高尚になる。
涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない。
誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けて行く時ほど、痛切に孤独を感じるときはない。
喜びには悩みが、悩みには喜びがなくてはならない。
花を与えるのは自然、編んで花輪にするのは芸術。
若いときは興味が散漫なために忘れっぽく、年をとると、興味の欠乏のために忘れっぽくなる。
義務の重荷から我々を解放する事のできるのは、良心的な実行のみである。
王様であろうと百姓であろうと、己の家庭で平和を見出す者が一番幸福な人間である。
女性を力強く守ることのできる者だけが、女性の愛願を得るに値する。
昨日が曇りなく公明であったら、今日は力強く自由に働け。そうすれば明日にも希望が持てる。明日も同様に幸福であれと。
自由に呼吸することは、人生を孤独にしない。
知者がすでに千年も前に答えている問題を、無知な人は改めてまた得意げに提出するのだ。
われわれも愛を見出し得るか。愛によって。
芸術は、見るに堪えないものを表してはならない。
虹だって十五分も続いたら、人はもう見むかない。
目標に近づくほど、困難は増大する。
人は努めている間は迷うものだ。
水のあるところにカエルがいるとは限らない。だが、カエルの声の聞こえるところには水がある。
耳ある者は聞くべし。金ある者は使うべし。
すぐれたものを認めないことこそ、即ち野蛮だ。
光の多いところには、強い影がある。
とりわけ、人を憎まぬこと。未来を神にまかせること。
前の時代に考えられなかったようなどんな愚かな事、賢い事を考えることができるか。
記憶は消えてしまってもよい。現在の瞬間の判断があやまらなければ。
役に立たぬ人とはだれか。命令することも、服従することもできぬ者。
すべてをすぐにさぐろうとするものがあろうか!雪が溶ければ、ひとりでに見つかるだろう。
すぐれた人々は他のものより損である。人々は自分を彼らと比較できないので、彼らを監視する。
星のように急がず、しかし休まず、
不可能であるがゆえにこそ、信ずるに値する。
役に立たない生活は早い死です。
道理にかなったことをしようと心がけたことがないばかりに、全然あやまちを犯すことのない人がある。
まじめなことあり、冗談のことあり、愛あり、憎しみあり、これかと思えば あれ、無かと思えば、何かあるもの。
自分と似たものを愛し求める人もあれば、自分と反対なものを愛しこれを追究する人もある。
大小を問わず、性格とは、人間が自分のできると感じたことを首尾一貫させることである。
内面のものを熱望する者はすでに偉大で富んでいる。
有為な人間は、すぐに外面から内面へ向かって自己を教養する。
もはや愛しもせねば、迷いもせぬ者は、埋葬してもらうがいい。
人類?そんなものは抽象名詞です。昔から存在していたのは人間だけです。将来も存在するのは人間だけでしょう。
頭がすべてだと考えている人間の哀れさよ!
試練は年齢と共に高まる。
よく見ると、およそ哲学というものは、常識をわかりにくい言葉で表したものに過ぎない
人は言う。芸術家よ、自然を研究せよと。しかし、ありふれたものから、気高いものを、形をなさないものから、美しいものを展開させることは、決して小さいことではない。
感覚は欺かない。判断が欺くのだ。
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