2021年に亡くなった歌舞伎役者・片岡秀太郎について

“養子である片岡愛之助さんは…”

2021年にお亡くなりになられた歌舞伎役者のひとりである二代目片岡秀太郎さん。彼に思い入れがあるという方も多いでしょう。

今回はそんな片岡秀太郎さんについてまとめてみました。

二代目片岡秀太郎ってどんな人?

片岡秀太郎さんは、1941年に十三代片岡仁左衛門の次男として生まれ、1946年10月には京都市の南座で初舞台を踏んでいます。

1956年3月の大阪にある歌舞伎座『河内山』の浪路で2代目片岡秀太郎を襲名してからは、上方らしいはんなりとした芝居を継承する女形として長年舞台の上で活躍し、特に有名な役としては『盛綱陣屋』における微妙など時代物の老女役で風格を示したことや『恋飛脚大和往来』のおえんや梅川など上方の情趣が不可欠な役に秀でていることが特徴でした。

十五代目片岡仁左衛門さんは片岡秀太郎さんの弟で、片岡愛之助さんは養子になります。

歌舞伎といえば粋ですっきりとした江戸歌舞伎をイメージする方も多い中で、上方歌舞伎は人間の情の世界を濃密に描いており、一途な愛に殉じる遊女の真心から刹那の逢瀬を手引するくるわの女将の温かさや不良息子に手を焼く母の苦悩など、片岡秀太郎さんは上方の魅力である芸の心を、様々な役にこめて演じてきた魅力的な人物です。

2019年には人間国宝に認定され、2020年12月には『一谷嫩軍記熊谷陣屋』で平敦盛の母である藤の方を熱演したのですが、この演目が最後の舞台となってしまいました。

上方歌舞伎を代表する女形として活躍した人間国宝の歌舞伎役者は、2021年5月23日に慢性閉塞性肺疾患のため大阪府吹田市の自宅にて79歳でお亡くなりになられました。

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次世代への育成にも積極的だった

97年には松竹・上方歌舞伎塾を開講したことや、2014年にこども歌舞伎スクール『寺子屋』が開講され片岡秀太郎さんは講師を積極的に務めるなど、上方歌舞伎の振興や後進の育成に熱心に力を注いだことも非常に有名です。

あまり知られてないのですが、大阪で自主公演を定期的に催して活躍の場を広げる門閥外の若手や、未来の歌舞伎の担い手ともなるかもしれない子供たちに向けて、上方歌舞伎の神髄を自ら体現するだけではなく次代につなげようと後進にも生涯を捧げておりました。

片岡仁左衛門は…

2021年の5月23日に亡くなった際には、弟である片岡仁左衛門さんは、

片岡仁左衛門

「兄は理想通りの最後を迎えられ、安らかに旅立ちましたことが私どものせめてもの救いでございます」

という談話を発表しています。

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片岡愛之助は…

養子である片岡愛之助さんは、

片岡愛之助

「父は私を歌舞伎の世界に、そして松島屋に入れてくださった大恩人であります。上方歌舞伎にこだわり、情熱を注がれていました。これからもなお一層、秀太郎イズムを踏襲したいと思っております」

とコメントを出しました。

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このように片岡秀太郎さんが歌舞伎界に残した多くの実績や、注いできた上方歌舞伎への情熱は、彼の多くの後輩たちに思いが託され今後もきっと繋がれて行く事でしょう。

今回も最後までご覧いただき有難うございました。

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