左門豊作は何故電車で座らないのか?

仕事帰りの電車の中はいつだって灰色に見える。

車内のシートは殆ど人で埋まり、ドアの角に数人の立ち人がチラホラ。疲労困憊の僕はふと一席の空白を見つけ、特に何も考えずに腰をおろした。その瞬間に隣から聞こえてくる女性の声。

「ほらぁ早く座れば良かったのにぃ~」

声の方に意識を向けると私の隣には<小悪魔ageha>から出てきたような女性が一人(以下、アゲ子)推定年齢24歳。 金色髪をクルクル巻いていて、おめめパッチリ。メイクばっちり。まるで造花のように綺麗な子。

一方、アゲ子の斜め前にはモゾモゾと動く男が一人<身体を4割小さくした左門豊作>が立っている(以下、プチ左門)推定年齢21歳。 大学デビューしようとした左門豊作のようで、それなりに容姿に気を使ってるようにも見えるが、所詮、豊作。やぼったい。

一瞬考え、僕はこの状況を整理した。

推測ではあるが、どうやら二つ開いてる席の片方にアゲ子が座っており、プチ左門に隣に座るように勧めたにもかかわらず、おそらく童貞であるプチ左門が恥ずかしがって隣に座らずに立っていた所、空気の読めないオジサンA、つまり僕がやってきてサクッと座ってしまったようなのだ。マジごめんプチ左門。

その想像を裏付けるように、アゲ子の「早く座れば~」発言に対し、

「いや、ボク、電車で、座らない主義なんだ」

とか、言ってメッチャ強がっていた。うそつけ。なんだその主義。

僕はもともと人間観察という言葉は偉そうで嫌いだ。人に対して観察という言葉を使う人間はまわりの人を下に見ている証拠だと思う。さらに僕自身が他人の容姿をとやかく言える立場ではないのは重々承知だ。僕のマユゲの生え方なんてタヌキそのものだ。

しかし、華やかなアゲ子と野暮ったいプチ左門が一緒にいる状況に出くわして、一種の違和感を感じているのも事実。その様子に単純に興味を惹かれてしまった僕は、彼らに目を向け様子を伺い、少ない情報から二人の関係性を想像していった。

まず彼らは決して仲が良いわけではない。二人で一緒にいるのにアゲ子は携帯を、プチ左門は気まずそうにDSをやったり消したりを繰り返している。そして、会話が少ない。というよりも会話がない。無言だ。それでも不思議と会話がないにも関わらず彼らはお互いの存在をとても気にかけているのだ。

プチ左門は落ち着かない様子でDSをパタパタし、アゲ子の正面に立ったりドア側に行ったり落ち着かない様子。アゲ子もそんな左門が話しかけてくるのか探りつつ、自分から話をするチャンスを探っているように見える。

二人の関係性はわからないが、少なくともお互い悪い印象を持っている訳ではなく、単純にプチ左門が照れて強がっている為に距離が縮まらない状態のように見受けられる。ピュアだなプチ左門。オジさん好感もっちゃうぞ!

そこまで考えた所で僕の好奇心がムクムクと身体を支配する。 いつまでも煮え切らないプチ左門に対し<アゲ子の隣に座れるという選択肢>を与えたくなったのだ。つまり僕がこの座席からいなくなればよい。

思い立つと、僕は普段降りる駅の2つ手前の駅で席を立ち、一つ奥のドアまで離れて再度彼らを見守った。ここが男の勝負だプチ左門!!

ところが見守る僕の親心を無視するかのように動こうとしないプチ左門。親の心子知らずとはまさにこの事。そこから5~6分の時間が経ち私ももう諦めの境地に入りかけたその時、プチ左門に最後の好機が訪れたのだ。痺れを切らしたアゲ子が、

「もういい加減、座りなよぉ~」

といいながら、 座りながら手を伸ばし、プチ左門のお腹にボディタッチをしたのだ!!チャンス!チャンス!半勃起チャンス!!

もう僕の心はお祭り騒ぎ。プチ左門。チャンスを逃すな、ここが男の見せ所!「まったくわがままな子猫ちゃんだ」とでもいいながらペロっと座ってしまえばあとは野となれ山となれだ。

と、一人で大興奮の僕だったが、プチ左門のやつ、折角のボディタッチにヘラヘラしただけで、吊皮にぶら下がってブラブラしてた。うぉい!童貞野郎!がんばれや!!

ここで僕はタイムアップ。 自分の降りるべき駅についてしまった僕は電車の降り際、彼の傍に行きすれ違い様に小声で「ファイト」と声をかけて帰ってきた。

その言葉が彼の耳に届いたのかはわからない。電車の中で一人で声を出すのは恥ずかしい行為なので僕は振り向きもせず階段を上っていった。自分の行動が相手に影響を及ぼすかどうかはわからない。だからどんな時でも自分の姿勢を崩さずに大切にしようと思う。人との出会いはそういうものだ。

ただひとつ願わくば、彼の未来に小さな勇気と幸運を。プチ左門よ、グッドラック

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