懐かしのサクマ式ドロップスが廃業!生き残ったのは「緑缶」という事実

サクマ式ドロップスを製造販売していた佐久間製菓株式会社が来年の2023年1月をもって廃業になることが発表されました。

火垂るの墓にも登場する甘くて美味しい飴は、今後姿を見なくなってしまうということから寂しさを訴える声が上がっています。

ただ、この廃業の一件で、赤いサクマ式ドロップス緑のサクマドロップスがあるということに気付いた人もいるようです。

それぞれ、違う会社であることを皆さんはご存知でしたか?

この記事では、廃業に至った経緯や佐久間製菓株式会社の歴史などについて解説します。

サクマ式ドロップスが廃業?114年の歴史に幕をおろす理由とは

サクマ式ドロップスは、佐久間製菓株式会社で作られた赤い缶に入った飴です。

缶上部にある蓋を開け、そこから飴を取り出す時の楽しみも含めて小さな子供たちの夢が詰まっていたことでしょう。

佐久間製菓株式会社は、今回の廃業理由について次のように語られています。

安価製品との競合のほか、その他のヒット商品に恵まれなかった。さらに新型コロナウイルスの感染拡大による需要減も重なり、2021年9月期は1億5,173万円の最終赤字を計上し、財務内容が後退していた。
(引用:Yahoo!ニュース|赤色の缶の「サクマ式ドロップス」で知られる佐久間製菓(株)が廃業へ、原材料高騰が影響

致し方がないとは言え、懐かしのサクマ式ドロップスがなくなるのはやはり、とても寂しく感じている人が多くいるのではないでしょうか。

また、サクマ式ドロップスにはライバルとも言える「サクマドロップス」がいます。

そちらは、緑色缶でどちらも同じ企業であるように思えますが、戦後の事情により登場したサクマ製菓が製造・販売しており、実質緑缶が生き残ったということになりました。

伝統を重んじた佐久間製菓株式会社は長く愛され続けていたものの、サクマ製菓株式会社は新しいことにも挑戦を重ねていたため、ある意味時代の流れに乗れたのかもしれません。

ラインナップの数は、佐久間製菓株式会社よりも多く、様々なサービスを展開しています。

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サクマ式ドロップスと、サクマドロップスの違いとは?

佐久間製菓株式会社で発売されている飴は、サクマ式ドロップスの他、八王子はちみつのど飴、うめが濃いめののど飴の新商品をはじめ、サクマ式ドロップスのハッカをメインとしたハッカドロップスなどがラインナップされていました。

ユーザーニーズに合わせて袋タイプの飴を販売するなど工夫を凝らしていたものの、経営がうまくいかなくなってしまったのはとても残念ですね。
商品を比較してみても、缶の大きさが多少違っていたり、ラインナップも違います。

サクマ式ドロップスには、イチゴ・レモン・オレンジ・パイン・リンゴ・ブドウ・チョコ・ハッカがあり、ハッカやチョコレートなどは余ってしまう印象があります。

それに対し、サクマドロップスは、イチゴ・レモン・オレンジ・パイン・リンゴ・ハッカまでは同じもののその他、スモモ・メロンの味が展開されています。
きっと、こちらもハッカは人気がなかったのではないかと考えられます。

また、様々なコラボレーションをしており、鬼滅の刃やハローキティが緑缶に登場し、小さな世代からの人気を集めたのかもしれません。
(参考:サクマ製菓株式会社|商品について

サクマ式ドロップスの歴史を紹介

サクマ式ドロップスは、2022年に114年という歴史を迎えており、長い間愛され続けていることが良く分かります。

佐久間製菓株式会社は、佐久間惣治郎が自分の手でイギリス生まれのドロップを作りたいと研究を開始しました。

その結果、1908年(明治41年)にドロップが完成し、「サクマ式製法」と呼ばれます。

また、登録商標についても特許庁から認められたため、「サクマ式ドロップス」で販売をしていました。

太平洋戦争後、横倉信之助によって再興を果たし、東京池袋に工場を再建。戦前には、池袋の他、大阪や満州にも工場があったものの、全て燃えてしまったそうです。

現在は、大阪営業所、八王子工場(商品セター)と展開されていました。

1988年(昭和63年)には、ジブリ作品「火垂るの墓」に登場し、当時に販売していたサクマ式ドロップスを復刻版として発売しました。

現在も、火垂るの墓とコラボレーションをしたサクマ式ドロップスが発売されているなど、しっかりと縁が繋がっていることがわかります。

昔ながらの味や製法を大切にして、愛され続ける「馴染みの良さ」が売れていた要因だったのでしょう。

だからこそ、今回の廃業というニュースは悲しい出来事のひとつになるかと思います。

(参考:サクマ製菓株式会社|サクマ式ドロップスの歴史

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サクマ製菓株式会社の紹介

サクマ製菓株式会社は、目黒に本社を置き、視点を大阪、工場を長野県に置いています。

1948年(昭和23年)に「サクマドロップス」を製造開始チャオは1964年にデビューし、いちごみるくは1970年に登場しており、以降長く愛される飴になりました。

サクマドロップスの他、いちごみるくやコメダ珈琲店のキャンデーなど、若い世代からの人気を集めそうな飴を展開しています。

また、ロングセラーとなったチョコレートが飴の中に入っているチャオなども手掛けており、もしかしたら認識として「サクマドロップス」という缶の飴よりも、そういった飴の印象が強いかもしれません。

女子高生の鞄からいちごみるくが出てくるシーンも簡単に想像できます。

また、オリジナルサクマドロップス(サクマ デコ ドロップス)を作るサービスなどもあるため、総合的に生き残る戦略をとっていたのでしょう。

(参考:サクマ製菓株式会社|商品情報)(参考:サクマ製菓株式会社|沿革

サクマ式ドロップス廃業での世間の声

やはり寂しい声は上がりますよね。

実際のところ、世代によってはジブリ映画『火垂るの墓』の存在すら知らない可能性もありますが、馴染みのある飴であることには変わりありません。

火垂るの墓とのコラボレーションも果たしたサクマ式ドロップスが無くなり寂しい気持ちはしばらく残るかもしれませんね。

幼い頃から親しみあるものが減っていく寂しさは何とも例え難い気持ちになります。

実際に、今回の廃業という一件を受けて緑缶と赤缶は別会社だったことを知った人も少なくないでしょう。

そして、幼い頃に記憶していた「サクマ式ドロップス」はどちらだったのか…と記憶をたどっている人いるかもしれませんね。

今のうちに「サクマ式ドロップス」を購入して味を覚えておきたいですね。

また、これを機に両方のドロップスを購入し、食べ比べを楽しむのも良いかもしれません。

優しいやり取りも見られました。

やはり好きな人にとっては、サクマ式ドロップスの「推し味」があるようです。

サクマ式ドロップスの推し味をお互いに教え合うのも楽しいかもしれませんね。

また、ハッカは、どちらのドロップスにも入っていますが、もしかしたら風味の違いなどを感じられるかもしれません。

廃業に至るまでの間、ぜひあなたも「推し味」を見つけてみるのも楽しいことでしょう。

また、火垂るの墓で作っていた缶に水を入れる「ドロップ水」を楽しんでみるのもおすすめです。

まとめ:サクマ式ドロップスが廃業しても作品や人々の心に生き残る

サクマ式ドロップスは、昔馴染みの伝統をずっと受けて成長してきた素晴らしいドロップです。

創業者の意志を継ぐことはとても大変だということが今回明らかとなったように感じます。

その反面、新しいことにも挑戦しながらちょうどいいところに欲しいものがある展開をしていたサクマドロップスが生き残り、今後も新しいものに挑戦しながら成長を遂げるのでしょう。

佐久間製菓株式会社が廃業となり、サクマ式ドロップスが無くなってしまっても人々の心やジブリ作品の中には生き残り続けるのだと信じております。

廃業前のタイミングに、今一度「サクマ式ドロップス」をぜひ購入して頂き、自分の推し味を探し求めてみてはいかがでしょうか。

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