権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤の解説

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あいどん君
あいどん君

権藤、権藤、雨、権藤って何ですか?

あいのー先生
あいのー先生

懐かしいな。どこで覚えたのよ。

権藤、権藤、雨、権藤という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

プロ野球ファンなら誰でも知っている権藤博が生み出してしまった流行語です。
(本人が言ったわけではない)

権藤、権藤、雨、権藤には一体どんな意味があるのでしょうか。

今回は、プロ野球の伝説、権藤博の「権藤、権藤、雨、権藤」を紹介します。

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権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤とは

プロ野球選手「権藤博」は1961年に中日に入団しました。

権藤は期待の新人であったため、同年のオープン戦で28.1回を投げて自責点はわずか1点(防御率0.31)というルーキーとは思えぬ快投を見せて監督から「今年はおまえを軸にしていく」と言い渡されました。

1年目からエースとして活躍し、初登板の巨人戦ではいきなり9回1失点完投で初勝利を挙げ、中継ぎ登板を挟み二試合連続で完投勝利します。

ここから徐々に登板数が増えていき5月28日から6月4日にかけては6連投という中日の投手と言えば権藤という状態に。

季節が梅雨入りを迎えると雨で試合が中止になることもあり、これが権藤にとって貴重な休養期間となる。

6月24日には大洋戦で11回1失点で完投勝利を挙げると、雨の影響で次の登板が7月1日まで延び、
7月4日から7月15日までの期間は「雨か移動日か権藤か」という事態になった。

この連投に連投を重ねる権藤を指した言葉として
「権藤、権藤、雨、権藤(雨、雨、権藤、雨、権藤)」という流行語が生まれました。

この言葉が生まれたきっかけは、当時巨人の投手であった堀本律雄が
「中日の投手は権藤しかおらんのか、つぶれてしまうぞ。権藤、雨、旅行(移動日)、権藤、雨、権藤や」 と記者に語ったことからだといいます。

1961年(昭和36年)7月4日からは「雨・完封・雨・移動日・完投・雨・移動日・先発(5回を投げる)・雨・雨・移動日・先発(5回を投げる)」という、このフレーズに近い12日間だったということもありました。

結局権藤は7月末から8月半ばまでには6試合連続完投を記録するなど凄まじい勢いで登板し続けますが、中日は勝利数では巨人を上回ったものの、勝率で巨人を下回ってしまったため権藤の力投もむなしく優勝することは出来ませんでした。

権藤はこの年チーム試合数130の半分を超える69試合に登板し、429と1/3回を投げ、新人最多記録となる35勝を挙げ、防御率1.70と310奪三振はいずれもこの年一位、さらに新人王と沢村賞を同時受賞するなどタイトルを総なめしています。

権藤博とは

名前:権藤博(ごんどうひろし)
生年月日:1938年12月2日
投球・打撃:右投右打
守備位置:投手、三塁手、遊撃手
プロ入り:1961年
引退:1968年

権藤博は、1961年に中日ドラゴンズに入団した元プロ野球選手です。

中日ドラゴンズに1968年までプロとして所属し、プロ引退後は監督・コーチとして、中日ドラゴンズや近鉄バッファローズ、福岡ダイエーホークス、横浜ベイスターズなどで活躍しています。

投手コーチとしては近鉄バファローズ・福岡ダイエーホークス・中日ドラゴンズに所属しており、2016年から野球日本代表の投手コーチを務めています。

監督としては横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)を優勝に導いています。

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