やっぱり叫びながら告白してほしいんだよね『トリガール!』中村航

  • 2021年6月30日

小さいころからテレビで見ていた鳥人間コンテスト。琵琶湖の青空に滑るように進んでいく美しい翼は夢と現実の狭間を飛んでいるようで、テレビを見ていた幼い日の僕を夢中にさせていた。

当時の鳥人間コンテストは真面目に長く飛ぼうとするだけではなく、コスプレして海に飛び込む人たちがいたりするお祭り的イベントの要素もあったのだが、現在では大学チームや鳥人間コンテストのOBたちがチームを組んで参加する真剣でハードルが高い大会となっている。昔と違い、一部の人間たちだけの閉鎖的な大会になってしまったという声も聞くが、僕はどちらの雰囲気も好きなのでこれからも続いていってほしい。

ちなみにリーマンショックや台風の影響で大会が中止になる年もあったが、2010年以降、岩谷産業さんが特別協賛スポンサーになっているので、『Iwataniスペシャル鳥人間コンテスト』という名称で大会が開催されている。

https://www.ytv.co.jp/birdman/

そんな鳥人間コンテストを題材にした青春小説がある。恋愛小説を主戦場にする中村航さんが描いた『トリガール!』という作品だ。可愛らしくも疾走感のある素敵な作品なので今回は『トリガール!』の書評と紹介を書いてみたいと思う。

トリガール!

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あらすじ

ひょんなことから人力飛行機サークルに入部した大学1年生・ゆきな。エンジョイ&ラブリィな学生生活を送るはずが、いつしかパイロットとして鳥人間コンテストの出場をめざすことに。個性豊かな仲間と過ごす日々には、たった1度のフライトにつながる、かけがえのない青春が詰まっていた。年に1度の大会で、ゆきなが見る景色とは―。恋愛小説の旗手が贈る、傑作青春小説。

主人公のゆきなが、興味ゼロの状態から鳥人間コンテストのパイロットになっていくのだが、その過程で出会う王子様キャラの圭や、無口で不器用な坂場とのトレーニングを通して徐々に気持ちが上がっていく様子は王道の青春ストーリーだ。

ゆきなが参加する人力飛行機サークルの飛行機の特徴は何といっても“2人乗り”であること。1人で飛ぶのも大変なのに2人分の重量を抱えて飛んでいく飛行機なので、トレーニングやパートナーとの相性なども盛り込まれていて、鳥人間コンテストのファンには嬉しい一冊になっている。

全体の感想

中村航が贈るザ青春!といった印象を受ける鳥人間コンテストの話。

いきなり中身ではなく表紙の話をしてしまうが、文庫の表紙の女の子が可愛いので勝手に主人公のゆきなに好感を持って読んでしまう。が、末巻にあるオマケ漫画を読むとゆきなのイメージが全然違うのでまずはそこの違いに気をつけて欲しい。全く内容の感想ではなくて申し訳ない。

ってことで内容の話へ。作品の序盤では全く飛ぶ事に興味がなかった主人公のゆきなが徐々に空への情熱を燃やし始めるので、読む前にまったく鳥人間コンテストに興味がない人でも、ゆきなと一緒に勧誘されて鳥人間コンテストにのめり込んでいくように楽しめるのではないかと思う。

また、この作品の特徴として鳥人間コンテストに関わる裏方の作業も一部描かれている。今まで知らなかった鳥人間の裏方世界を新鮮な気持ちで楽しめたりもする。さらに、大会当日の空での先輩とのやり取りは最高に面白く、実際の大会でも似たようなことがあるよなぁと思うと、妙に脳内で映像化されて笑ってしまった。映画で映像化すると思うと余計に楽しみになってしまう。文章は読みやすくサクサク進むし、会話のテンポも良く(良すぎて軽く感じてしまうくらい?)あっという間に読み終えてしまう。

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何となく心に響く言葉

サクサク進む中でも言葉とセリフの言い回しのセンスが光るので、心に響く文章がいくつもあった。

例えば、プロペラ部に配属されて生き生きとしている友人の和美に「やりたいことがあっていいな」とこぼすゆきなに対して和美が返した言葉。

P97

「でも、やりたいことなんて、最初はないんじゃないかな。そういうのって後からわかると思うの。きっかけなんて縁だし。楽しそうって思ったら、好奇心に乗っかってやってみるだけだよ」

~中略~

「でもそれで、楽しいことや嬉しいことがあったり、感動したり感激したりしたら、今までの自分はこのときのためにあったんだな、って思うよ」

楽しそうだからやる。それが結果として自分がやりたいことになってくるという考え方は、まさに「やりたいことがない」と言っている人たちに聞いて欲しい考え方だと思う。感情や意味は行動のあとにこそ生まれるという生きる事の基本をしっかりついている言葉だと思う。

他にもパンチの効いたふざけた言葉も度々出てくる。圭とゆきなが、それぞれ空を飛びたがらない坂場先輩に言い放った言葉として、

「飛ばない先輩は、ただのクソブタ野郎ですよ!」

といったものもある。ちなみにこのフザけたセリフが登場するシーンでは坂場がいつも傷ついている、笑。

もう一つ。作者・中村航さんは鳥人間コンテストをよく見ていて、自身もファンなのかもしれないなと感じる文章もあった。ゆきながはじめて人力飛行機が空を飛んでいる映像を見たときの感想。

P15

まっすぐに湖上を進む巨大カモメの姿は、勇敢で、美しくて、何故だか少し切ない。

この最後の言葉“何故だか少し切ない”という表現が、僕は本当に鳥人間コンテストの飛行機たちを言い当てているように感じる。1年間の時間をかけて作り上げてきた飛行機が壊れる姿がすぐに待っていることを前提に飛んでいる姿に、僕らはたしかに切なさを覚えているのかもしれないと言葉にされて初めて気がついた。

フライトはもう始まっている

読みすすめている最中、僕が一番素敵なセリフだと感じた部分にも触れておきたい。ゆきながフライトの距離は大切だが距離が全てではないという自分の意見をメンバーになんとか伝えようとする場面。

P154

「……あの……上手く言えないんですけど、その……例えばプラットホームから測れば一五メートルでも、でも本当のスタートはもっと前かもしれないですよね。過程とかじゃなくて」

~中略~

「プラットホームに辿り着くまで、距離にしたらどれくらいかわらないけど、例えばそれが一万メートルだったら、イーグルだって本当は一万一五メートル飛んだのかもしれないなって」

~中略~

「それは記録じゃなくて記憶なのかもしれないけど……でも機体を作っていることだって、今わたしがエアロバイクを漕ぐのだって、圭が積み重ねてきたことだって、そういうのも全部、フライトの一部ですよね。フライトはもう始まってるんじゃないかなって」

という意見。また、そのゆきなの言葉に対する部長の言葉、

「おれたちが過程だと思っているものは、結果そのものかもしれない。逆におれたちが結果だと思っているものは、過程なのかもしれないってことか」

これは、必ず壊れる機体を一年かけて作り上げる彼らに対するある種の答えのような気がする。フライトは一瞬だし、良い記録は出ないかもしれない。しかし、空を飛ぶことに挑戦しかけた時間こそが結果として存在し、逆にフライトで起きた結果はそれが良かろうと悪かろうと、次のフライトへの過程でしかないという訳だ。本当に素晴らしい考え方だと感銘を受けてしまった。

笑えるフライト

普通にネタバレをしていくが、主人公のゆきなは大会本番のフライトの最中に坂場先輩に告白される。そして、その告白のシーンが作中でも特に素晴らしく面白く感動できる。

CCDカメラも付いていて、全国放送もされている中、青春丸出しの告白をするのだが、それをフライト中に見事に完全にフッてみせるゆきな。もう面白すぎて、読んでいてニヤニヤが止まらなかった。しかも、ただフるのではなくて坂場に対して人として好意と敬意を持った上でフっているのが読んでいてわかるところも気持ちがいい。

実際の鳥人間コンテストを見ていても、

「ああ、こんな熱くてバカな青春を送っている奴がいるよなぁ~」

と羨ましさと微笑ましさが混ざったような気持ちで見つめてしまう奴らがいる。その青春っぽい格好悪さと面白味がこの告白シーンには濃縮されている。もうメチャクチャ名場面だ。

映画化情報

この『トリガール!』は2017年の秋に映画化される。

以下、映画化キャスト。

土屋太鳳 / 鳥山ゆきな

間宮祥太朗 / 坂場大志

高杉真宙 / 高橋圭

池田エライザ / 島村和美

ナダル / ペラ夫

矢本悠馬 / 古沢

土屋太鳳はなんとなくゆきなっぽい気がしますが、坂場役の間宮さんはちょっとゴツさが足りない気がしますね。ガタイが良いだけで飛ばなくてもブタには見えない気がする。

映画化にあたっては。是非ともフライト中の告白の場面は原作に忠実に楽しく、それでいて最高にバカらしく演じて欲しいですね。映画を見に行ったらその感想も書きます。

竹田真太朗『イカロス・レポート』

同じく鳥人間コンテストをモチーフにした作品に竹田真太朗作『イカロス・レポート』というものがある。

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トリガール!』よりも恋愛に比重を置いたような作品で、自転車乗りの主人公が「人力飛行機サークル」のパイロットとしてスカウトされ、恋をしながら鳥人間コンテストで優勝を目指すという爽やかでアホらしい青春ストーリーだ。

内容のポップさに比べて、語り口調を硬めに書いている文章構成に多少の引っ掛かりを覚えるものの、鳥人間コンテストは「どれだけ格好よく墜落するか」を競うものと定義して飛んでいくチームはとても魅力的に思える。『トリガール!』を読んで他にも鳥人間コンテストをモチーフにした作品を読みたいと思った人にはオススメできる作品だ。

最後に

鳥人間コンテストの参加チームは年々進化を遂げ、いよいよ琵琶湖の往復距離である40kmも現実味を帯びてきた。技術の進化がこれだけ早いとあと数十年も経過したらどのチームも40kmを飛んでしまい、大会の意味すら問われるようになってきてしまうかもしれない。

ただ、テレビを見ていて思う。鳥人間コンテストは長く距離を飛ぶから魅力的なのではなくて、その距離を飛ぼうとするまでの過程が魅力的なのではないだろうか。作中で語られていた結果と過程の話ではないが、技術を発展させて長い距離を飛べるようになったとしても、努力を重ねてきたバードマンたちが魅力的であることに変わりはないのかもしれない

これからもこの魅力的な番組を続けていってくれることを切に願う。 この本を読んでもらえればより一層魅力を感じることが出来るはずだ。

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