新型コロナウイルスとの世界的な戦いという異例な環境の今年、73回目の憲法記念日がやって来ました。
コロナ緊急事態宣言を全国に発令中といういわば「戦時中」のような雰囲気の下、かねて改憲に意欲的な安倍首相は、緊急事態条項新設を含めた改憲の必要を改めて強調しました。
コロナ禍も重なりにわかに賛否の議論が活発になっている憲法の「緊急事態条項」とは?議論の際、あのナチスドイツの独裁者ヒトラーがよく引用されるのはなぜなのかもあわせ、わかりやすく紐解いてみました。
緊急事態条項とはわかりやすく言うと?
第2次大戦後の1947年に施行された日本国憲法。73年を経た今年の憲法記念日は、奇しくもコロナ禍による戦後初の「全国緊急事態宣言」下で迎えました。宣言を発令した安倍首相と与党自民党は以前から改憲を主張。コロナ禍がなければ、今年にも改憲を国会に提起する考えだったとされます。
それに先立ち自民党は18年に改憲草案を策定。さらに党の憲法改正推進本部で、優先的な議論のたたき台とする四項目の条文案をまとめ、その中に現行憲法にはない「緊急事態条項」の新設を盛り込みました。以下に自民党条文案を引用します。
第73条の2 大地震その他の異常かつ大規模災害により、国会による法律制定のいとまがないと認めるときは、内閣は国民の生命、身体及び財産を保護するため政令を制定することができる。
第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模災害により、衆議院総選挙または参議院選挙の実施が困難なときは、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
:自民党憲法改正推進本部サイトより(抜粋)
戦前日本の「大日本帝国憲法」でも、独立命令・緊急勅令など議会の制約を受けずに天皇(実質的には内閣)が独自に行使できる権限が定められ、またヒトラーが率いたナチスドイツでもこうした「強権」がたびたび使われました。
こうした反省を踏まえ、民主主義を徹底した現行憲法では、国民の自由を制限するのは極力避けようと「緊急事態条項」は規定されませんでした。しかし改憲案で安倍自民党は、「大災害時」に条件を絞ってはいますが、わかりやすく言えば、大地震が起きて首相が「これは緊急事態だ!」と判断すれば、法律と同じ効力の政令を独断で定められる特権を与えよう、と提唱しているわけです。
緊急事態条項でヒトラーが引用される理由
安倍自民党が制定を目指す新憲法とその中の「緊急事態条項」。自民党側としてはコロナ禍の緊急事態宣言による自粛要請が「弱い」ことも強調して、この機に「強力な憲法の緊急事態条項」が必要だ、と訴える狙いもあるようです。ただこれには有識者らから厳しい批判が多く上がっています。
異論をまとめると、例えば
・元来、感染症や災害は平時から予防策を考えていないと対応できないもの。憲法に定めなくても別の対策法などで十分。「どさくさ紛れ」や「ダシ」に使って盛り込むのはおかしい。
・自民案では「国民の生命、身体および財産を保護するため」と要件があいまい。理由を色々こじつけて安全保障・治安など関係ない政令までつくられかねない。
・「議員の任期延長」というが、現行憲法の「参議院緊急参集」で十分対応可能。自民案には国会承認の規定がないが、これは旧憲法よりひどい国民主権無視の危険な条文。
などです。
緊急事態条項が独裁者ヒトラーを生んだ!
さらによく聞かれるのが戦前ドイツのヒトラー政権との比較です。ヒトラーは当時のドイツ憲法の緊急事態条項などを〝悪用〟して独裁を完成させたといわれているためです。
Wikipediaやドイツ史研究者によれば、戦前ドイツのヴァイマル憲法には第48条に「大統領緊急命令」という緊急事態条項があり、「公安に著しい障害が生じる時は、大統領は回復のために必要な措置を取り武力介入できる。このために大統領は基本的人権を一時的に停止できる」と定められれていました。
ヒトラーのナチスが議会で第1党に躍進した1930年代のドイツでは、深刻な不況や失業、共産主義の台頭などに議会が対応できず政情不安が広がっていました。そこで大統領は緊急令を頻発。これが国民の議会離れを生んだといいます。ヒトラーは首相になると「国を安定させるため」として大統領に自分への強い権限付与を要求。
さらにナチスが仕組んだともされる共産党の暴動事件が起きると、大統領に「国民を守り暴動を鎮圧する命令」を出させ、首相権限をより強化。ついには「全権委任法」という法律まで制定させ、憲法に関係なくナチスが一党独裁になりすべての法律を独断で決められる最強の権力を得たわけです。
当時としては民主的とされていたヴァイマル憲法下でさえ、「緊急事態条項」を恣意的に使うことで「人類最悪の独裁国家」ナチスや非道な独裁者ヒトラーを生んでしまった、という、わかりやすくも恐ろしい教訓を今に伝えているといえます。
緊急事態条項検討にネットの反応は?
- この機に乗じて行うとは火事場泥棒そのものだ
- こんだけ補償を嫌がる政府に緊急条項なんて渡したら「補償はしないけど休業しない店や外出した奴は逮捕な」ってなるの目に見えてるやんね
- 国民舐めんなよ、歴史が証明してんだよ!
- 行政府の制限なき権力行使を認めるなら、同時に抵抗権も必要になる。そういう議論もなしに法律替えろと言えるこの国の民主主義と議員内閣制は未熟で知能が低い
- 政府が方針さえ示せば、民衆が率先して憲兵になり変わって法に依らざる私刑をやる国…逆説的に緊急条項なんかいらんってことか
出典:Twitter
まとめ
今回の記事をまとめると以下の通りです。
- 73回目の憲法記念日。安倍自民党は「緊急事態条項」新設を改めて主張
- 自民の条項案は「大震災の緊急時に、内閣が独自に政令を決められる」
- 条件曖昧、国会無視で批判多数。ヒトラー独裁を招いた教訓に例える声も
2020年はコロナの脅威にどう打ち勝つかが世界共通の最優先テーマであり、日本でも少なくとも憲法改正を話題にするような〝暇〟はないと思います。
しかし緊急事態条項の問題については、コロナ禍がその重大さを肌身に考えるよいきっかけになっているともいえます。法的強制力や罰則がないとはいえ、コロナの緊急事態宣言も国民の自由や権利を制限することには変わりなく、その是非は終息後にきちんと検証されなくてはなりません。
ましてや自民党案のような「前提があいまいで国会も通さず、内閣が自由に法律を決められる特権」を憲法に定めるなど論外でしょう。戦争の反省を踏まえて現憲法に明記された基本的人権。その現憲法も「自由と権利は、国民の不断の努力によって保持しなければならない」(十二条)と定めるほど、人権の基盤は危ういものだということが、あらためて痛感させられます。