基本的に疾走感で満たされた爽やかな青春小説の方が好きなのだが、若いからこそ感じる心の葛藤や成長を描いた苦味あふれる青春小説も、また違った魅力があるので読んでしまう。
特に思春期の学生特有の“万能感”や“無気力感”が、社会によって抑圧されて強制的に変えられていくような苦味は、忘れていた昔の葛藤を呼び起こしてくれるので、つい手を伸ばしたくなってしまう。
社会派青春小説と言っては大げさだが、野沢尚さんの『反乱のボヤージュ』という作品は、青春の疾走感と苦味が適度に混ざりあった素晴らしい傑作になっている。今回はこの『反乱のボヤージュ』という作品のネタバレ感想と紹介をさせてもらいたいと思う。
反乱のボヤージュ
あらすじ
坂下薫平19歳。首都大学の学生寮で、個性溢れる面々と楽しい日々を過ごしていた。だが、寮の取り壊しをもくろむ大学側は、元刑事の舎監・名倉を送りこみ、厳しい統制を始める。時を同じくして起こった、寮内のストーカー事件や自殺未遂騒動。だが、一つ一つのトラブルを乗り越えながら結束を固めた寮生達は、遂に大学側との戦いに立ち上がる。現代の若者達の「旅立ち」を描く、伸びやかな青春小説。
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学生寮を取り壊そうとする大学側と、その取り壊しに立ち向かう寮生たちの物語。
と主軸を書くとそんな内容になるが、学生寮の存続の問題だけではなく寮のメンバーたちの問題(恋愛やストーカー騒ぎ、就職活動に家族のもめごとなど)を、舎監の名倉さんと乗り越えていくことで、主人公・坂下薫平たちが成長していく内面も描かれている。
単なる青春物語というだけではなく、大人になりかけの大学年代の子供たちに対して大人としてどのように接していくべきなのかを問われているような作品でもある。
最高の大人
この作品には『最高の大人』が登場しているな。というのが、まず第一の感想。そのい最高の大人とは舎監の名倉さんだ。
主要な登場人物として、この作品の主人公である坂下薫平(ドラマではV6の岡田准一さん)と学生寮を取り壊すことを目論む大学側の刺客の舎監として、元機動隊員の名倉憲太朗(ドラマでは渡哲也さん)が登場する。
はじめのうちは古い寮の規則を持ち出してきて、どんどん学生たちを圧迫し始める名倉さんが描かれていく。しかし、読み進めていくうちに名倉さんの存在はそういった厳しい部分だけではなく、周囲の学生たちに対して真摯に向き合い人としての基準になるように接することで好影響を与えていくようになる。その大人と子供の対人関係の変化が本当に魅力的だ。
最高の子供
そして第二の感想として『最高の子供』も登場しているなという事。最高の子供とは主人公の薫平(以下、クンペー)のことだ。クンペーは両親の離婚や、母との死別を経て、他人に対して強くぶつかって感情を揺さぶられる事のないように生きている。
寮の存続問題も、仲間内に起こる問題も、心配はしているものの他人事で傍観者だったクンペーが、自身の父親の問題に一歩踏み込んで答えてくれる舎監の名倉さんと出逢い、徐々に周囲の問題を自分の問題として捉え、傍観者から当事者へ心情が変化していく。その変化はクンペーの人間力が成長しているようで魅力的にみえる。
そして、その成長の根源には名倉さんが確かに存在しており、名倉さんの芯の通った大人として弦巻寮の学生たちと接している姿に感動を覚えるのだ。基本的には大学寮の取り壊し問題をベースに物語は進んでいくが、本当は名倉さんの背中をクンペーたちと共に見つめる物語なのかもしれない。
涙がこぼれるシーン
この作品を読んでいると猛烈に涙が流れる時がある。何度かあるのだが、特に気に入っているのは、寮の賄い婦の日高菊(以下、菊さん)の小学生の息子・健太郎くんにクンペーが気持ちを伝えるシーンだ。
少し説明をするが、菊さんが離婚した為に健太郎くんは現在、父親と共に暮らしている。この度父親が再婚することになり、菊さんと暮らしたいと思っている健太郎くんは、菊さんに会いに大学寮まで来る。しかし、菊さんは健太郎くんには新しい母の元で不自由なく育ってほしい為、心を鬼にして健太郎くんが邪魔だという嘘をつく。
「こんなに言っても分からないの。あなたが傍にいちゃ、あたしの新しい家庭がぶち壊しなのよ」
酷いことを言う菊さん。そこで啜り泣きが聞こえるのだが、泣いているのは健太郎君ではなく、クンペーだ。
クンペーは両親の離婚で父に捨てられた事、さらには母との死別を経験しており、健太郎君と自分を重ねてしまう。本当は菊さんと一緒に暮らさない方がいいと説得する役回りだったはずなのに、涙を流して真摯に健太郎くんに思いの丈をぶつけてしまう。
「好きな時に遊びにおいでよ。菊さんに言って、アパートに君の部屋、用意してもらうからさ」
-中略-
「捨てられちゃ駄目だよ。どんなに邪魔者扱いされたって、お母さんに会いに来なきゃダメだよ」
-中略-
「お母さんをどうしても一人選ばなきゃいけないんなら、自分で選びなよ。君の新しいお母さんになる人がどういう人か、僕は全然知らないけど、菊さんの事なら、君以上に知ってるかもしれない。僕たちに美味しい食事を作るために、菊さんはとても一生懸命なんだ。御飯はいつもふっくらしてるんだ。旬の魚は築地まで買いに行ってくれるから、身が引き締まってるんだ。千切りキャベツはシャキシャキした歯ごたえで、おかわりしたくなるんだ。
-中略-
だから君が菊さんと一緒に暮らしたい気持ち、とても分かるよ」
泣きながら心からの言葉を健太郎くんに伝えるクンペーの姿にとにかく感動してしまう。このシーンを読んだらきっと皆クンペーが好きになってしまうと思う。
また、このシーンまでは傍観者として他の人たちの人生に踏み込まなかったクンペーが、初めて感情をむき出しにして当事者になる場面でもある。そこも踏まえて読むとさらに感動してしまう。感想を書く為に少し読み直しただけなのに、僕はまた半泣きになってしまった。なんて弱い涙腺だろうか、笑。
あと、感動とは違うかもしれないが、ラストのシーンもこの作品の見どころだ。
大学寮に立てこもり、武力行使で大学側から締め出しをくらう寮生たち。ほぼ負けることは確実な状態。そんな中。負けを覚悟したあとの姿勢をクンペーは名倉さんから教えてもらう。目を閉じていったん心を無にしてから360度見回してみろという言葉。理不尽な混乱を心に焼き付け、今後の人生に生かせとアドバイスをしているようで、仮の父親的存在の名倉さんの人生を通した助言に思える。
ボヤージュ:Voyage:旅立ち
『反乱のボヤージュ』というタイトルだが、直訳すると“反乱の旅立ち”というよくわからない言葉になるのだが、作品を読み終わるとこの作品に対するタイトルはこの言葉しかないのではないかと思えるほどしっくりくる。
“反乱”という言葉を辞書で引くとこのような意味が書かれている。
[名](スル)権力や支配者に背いて武力行動を起こすこと。
権力や支配者とはこの作品における大学側の事をさしているのだが、ここで使われる反乱とは、無秩序に反抗して権力に対して武力行動を起こそうとしている反乱ではない。強引に廃寮にする為に、寮生の1人である田北奈生子を罠にはめるような形で留年させ、それによって寮の廃止を実行に移した大学側の対応があり、その理不尽に対して立ち上る事となる。
世の中に起きうる理不尽に対して「まぁこんなもんか」「仕方ない」と黙って諦めて従うのか。それとも「間違っていることは間違っている!」と声をあげるべきかという、歴史の転換期にこれからも起こりうるであろう問題点を、平和な日本に問いかける内容になっている。
『正しい事を正しいと言って戦う事』
当たり前の事だが、事なかれ主義の最近の平和な日本に警鐘を鳴らすような素晴らしいタイトルなのではないかと思う。
最後に
作者の野沢尚さんは44歳にしてもう他界している。死因は自殺だったという。本人の感情は本人しかわからない。ましてや自殺を決意するような感情など僕にはわからない。また、自殺という行為についても、特に語るべきことはない。
しかし、僕は野沢尚さんの作品がとても好きだ。嬉しくなったり苦しくなったり勇気づけられたりと、多くの感情を与えてくれる作品ばかりだからだ。だから是非ともこの作品を読んでもらいたい。爽やかなだけではない訓示を含んだ素晴らしい青春小説になっており、その作品は今も生き続けているのだから。