プロ野球2021シーズンも最終盤。9月初旬時点ではまだまだ優勝やCSの行方は見えません。やや上位と離されている最下位(9月9日時点)北海道日本ハムファイターズにも希望は残されています。
さてこの日ハム、実は本拠地「札幌ドーム」でのホームゲームは来季が最後です。23年からは近隣の新球場が完成し新たな本拠地となります。
日本ハムの新球場の場所や名前は?どんな特徴があるのかや、「某球団と勘違いしやすい」という噂は本当なのかも探りました。(出典:Wikipedia、スポーツメディアなど)
日本ハムの新球場の場所
昨年、日本ハムなどは新球場名を発表。球場を含めたエリアは「HOKKAIDO BALLPARK FVILLAGE(北海道ボールパークFビレッジ)」、新球場の名前は「ES CON FIELD HOKKAIDO(エスコンフィールドHOKKAIDO)」に決定しました。
この新球場の場所は北海道北広島市で、同市の「きたひろしま総合運動公園」内に建設予定。新球場は天然芝のフィールドで開閉式屋根のドームを完備。延べ床面積は約100,000㎡、地下1階・地上4階建てで収容人数は約35,000人とのことです。
以下の動画でご覧いただける通り、茶色とガラスを多用した開放的でモダンなデザイン。壁面や屋上は緑化され公園の緑に溶け込むイメージです。
他のドーム球場と異なる切妻型屋根も大きな特徴で、晴天時には外気の中でプレーが行われ爽やかに観戦できそう。逆に雨天や猛暑、厳寒時は屋根を閉め、空調で快適さが保たれます。
日本ハム新球場の名前なぜ?
23年開業の日本ハム新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」。なぜこの場所や名前になったのか、事情を見ていきましょう。
なぜエスコン?
日本ハムは新球場建設にあたり、ネーミングライツ契約を東証1部上場の不動産会社「日本エスコン」と締結しました。
契約期間は開業前の20年1月から10年以上で、年間5億円を超える国内最高額の命名権契約になるそうです。
日本エスコンは全国で商業施設、ホテル開発などを展開、今回の北海道ボールパークでもホテルなどの不動産開発を手掛ける見込みで、企業イメージや知名度を一層高める狙いがあるとみられます。
なぜ北広島?
さて建設場所の北広島市は札幌市に隣接し、北海道空の玄関口・新千歳空港に向かう途中にあります。北広島駅には快速「エアポート」が必ず停車、空港までの所要時間は約20分。北広島から札幌までは約16分と交通至便な立地です。
それにしても北海道でなぜ「広島」なのでしょうか。歴史を紐解くと、明治初期、開拓のため北海道には全国から入植が相次ぎ、北広島市には広島県から19戸が入植。故郷にちなんだ地名にしたのが由来です。
他にも伊達市は仙台藩主伊達氏の分家が、新十津川町は奈良県・十津川郷の人々が移住したのが由来と、道内には「他県地名」が多いようです。
「北」が付いた深ぃ訳
当初は広島村、広島町だった地名が「北広島」になったのは、96年の市制施行から。それより駅名の方がかなり早く、1920年代JR千歳線が開業した際に設置された駅が、広島県の広島駅と区別するため「北広島駅」と名付けられたのが最初です。
駅名の北広島は地域ですっかり定着し、広島市と同一市名を避ける意味もあり、市の名前も北広島になったのが経緯だそうです。
株式会社日本エスコンとは?
さて日本ハム新球場のネーミングライツを獲得した「株式会社日本エスコン」の概要を見てみましょう(以下、公式サイト及び会社四季報より)。
95年設立、本社は東京・港区。マンション分譲から大規模商業施設まで手掛ける総合不動産会社です。20年12月期の連結売上高は約774億円。中部電力が筆頭株主となっています。
グループ従業員数約280人、平均年収は632万円。近年増収増益を続け、22年には1100億円の売上高を目指す勢いある成長中の企業です。
日本ハム新球場にSNSの反応は?
- 日ハムの新球場完成楽しみ。野球も観たいし音楽とかのイベントもたくさんやってほしい!
- ここだと札幌市民としては気軽に行ける場所ではないなぁ…特に北・西部の住人は
- 日ハムの新球場レンジャーズの球場にめちゃ似てる
- 日ハムが新球場を作るに至った経緯を知ったんだけど、札幌ドームざまあとしか言いようがない内容だった
- 新球場できたら誰かと一緒に併設のホテルに泊まって観戦したいなあ。日ハムファンの友達おらんけど
出典:twitter
まとめ
今回の記事をまとめると以下の通りです。
- NPB日ハムの本拠地球場が23年「エスコンフィールドHOKKAIDO」へ移転
- 北広島市の広大なボールパーク。新球場は開閉式ドームや切妻屋根が特徴
- 広島県民が明治初期に入植し地名に。開発手掛けるエスコンが命名権取得
〝北の大地の広島〟北広島市。道内でも意外と「重要な存在感」がある同市のトリビアを最後にいくつかご紹介しましょう。
・「白い恋人」でおなじみの石屋製菓の工場がある。
・入植者が稲作に挑戦し、明治初期寒さに強い品種の開発に成功。今や全国区になった北海道米の源流に。
・北海道大で有名なクラーク博士の名言「Boys,be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」。これを実際に博士が帰国の際学生たちに叫んだのは、当時市内にあった駅逓所だった。