【動画】橋本聖子の若い頃はオリンピックに出場して銅!コールって?

森会長の後任になるはずだった、川渕三郎氏が辞退して、次の候補に橋本聖子氏が浮上しています。

橋本聖子氏は若い頃にスピードスケートと自転車で夏季・冬季オリンピックに7回出場。

という経歴があります。

聖子も「聖火」にちなんでつけられたそうでオリンピックに縁が深い。

そして高橋大輔さんへのキス強要の印象が強いですよね。

今回はオリンピック大会組織委員会の会長候補の橋本聖子氏について

橋本聖子は若い頃はオリンピックでメダルが銅!コールってなに?

ということで橋本聖子氏の若い頃の画像や経歴

そして橋本聖子さんを検索すると「橋本聖子 コール」と出てくるのでこちらについてもまとめます。

この記事でわかること

【画像】橋本聖子の若い頃

橋本聖子のオリンピックでのメダルと成績について

橋本聖子のコールとは?

【画像と動画】橋本聖子の若い頃

1番印象として強いフィギアスケートの高橋大輔さんへのキス強要画像

 

これは2014年。

2014年の2月7日~23日に開催されたソチオリンピックの打ち上げパーティーでの出来事。

橋本聖子氏はこの時49歳。

若い頃に入らないかもしれませんが笑

現在橋本聖子さんは56歳。(2021年2月現在)

相手の高橋大輔さんはまだ20代でした。

断ることは難しかったでしょうね。

2月のソチ冬季五輪閉会式後の打ち上げパーティーの酒席での一件について高橋は「大人と大人がハメを外しすぎたということで、お酒が入ってしまい、はしゃぎすぎてああなった。反省してますがパワハラ、セクハラ(をされた)とは一切、思っていない」と語った。

高橋大輔さんは大人な対応で

ハメを外し過ぎただけでパワハラ・セクハラとは思っていないといっています。

パワハラ・セクハラは本人の受け取り方次第なので、

「スケート界では健闘をたたえて、ハグやキスをすることはよくあることです」と説明していたが、それを追従するものとなった。

という説明と一緒に違和感はありますが終わっています。

本当のところは高橋大輔さんはどう思っていたんでしょうかね。

せめてほっぺならよかったのに。。

↓こちらがオリンピックに出場していた若い頃の画像

 

メガネのせいもありますが、今とは全然印象が違いますね。

次はオリンピックでの成績など見ていきます。

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橋本聖子はオリンピックでメダルは最高が銅!

ここでは橋本聖子氏のオリンピックでの成績や結果ををどうぞ。

19歳~31歳までの12年間に

冬季はスケート4回

夏季は自転車3回

合計7回、オリンピックに出場しています。

西暦 大会と成績
1984年(昭和58年) 冬季オリンピック サラエボ大会出場(スピードスケート)
1988年(昭和63年) 冬季オリンピック カルガリー大会出場(スピードスケート)
夏季オリンピック ソウル大会出場(自転車競技)
1990年(平成2年) 世界選手権 総合銀メダル(スピードスケート)日本人初
1992年(平成4年) 冬季オリンピック アルベールビル大会出場(スピードスケート)、1500m銅メダル獲得(日本人女子初)
夏季オリンピック バルセロナ大会出場(自転車競技)
1994年(平成6年) 冬季オリンピック リレハンメル大会出場(スピードスケート)、3000m6位入賞
1996年(平成8年) 夏季オリンピック アトランタ大会出場(自転車競技)

スピードスケートでは総合銀メダル。

個人としての最高はスピードスケートで銅メダルを獲得しています。

↓銅メダルを獲得した「アルベールオリンピックの動画」はこちら

夏季も冬季も出場していたのは驚きですよね。

1996年にはすでに国会議員で二足の草鞋で出場。

自転車2種に出場しましたが、12位、9位という結果で終わっています。

橋本聖子のコールとは?

いわゆる飲み会のコールです。

若い方は知らないと思いますが、昔はこんな掛け声で盛上げがありました。

「セイコー、セイコー、ハシモト、セイコー」

両手に飲み物をもって飲むのがルールでした。

懐かしい人もいるかもしれませんね。

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まとめ

今回は【画像】橋本聖子は若い頃はオリンピックでメダルが銅!コールってなに?ということでまとめました。

橋本聖子さんは若い頃(19歳~31歳)の12年間で合計7回のオリンピックに出場。

夏季は自転車で3回、冬季はスケート4回。

出場したオリンピックの中で個人での最高は銅メダルを獲得。

2014年の高橋大輔さんへのキス強要という内容が印象に強いですが、オリンピックで大活躍していました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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